然し、江戸時代にみられた『民主的傾向』は我々にヒントを与えてくれる。
❝民主主義とどう向き合えばいいのか?❞
最近、よく耳にするこんな問いは!〜、
❝民主主義とどう向き合えばいいのか?❞
最近、よく耳にするこんな問いは!〜、
往々にして迷路の入り口になる!・・・
欧米で市民革命などを経て、国民主権、基本的人権の尊重などを基本理念として発展して来た!…こんな定型的で理想的なイメージを起点として思いを巡らした結果、私たちは『その実現に向かって進むべきだ』と思いがちだ。そして『では、具体的に何をすれば?』という難問に直面し、行き止まる。
民主主義を標榜する現実の国家を吟味し、
未達点に対して処方箋を考える事!・・・
然し今の大きな課題は、それ以前に民主主義自体が後退、❝空洞化』
している事である。
政治体制の権威主義化、社会の分断と対立。
SNSがその触媒となり、内外の政治は『スマホ・ポリティクス』の
様相を呈している。
日本では近年の投票率の低下が選挙制度を空洞化させている。
《欧米産の民主主義をいったん脇に置き、日本の中に選挙などの具体的なシステムの源流を探る》、…
《欧米産の民主主義をいったん脇に置き、日本の中に選挙などの具体的なシステムの源流を探る》、…
迷路脱出策は日本の江戸時代にある。
驚く事に実は江戸時代の村々に!〜、
既に選挙による代表制や権力の
分立による均衡といった『民主的傾向』が存在していた!・・・
日本人の偉大な先祖が、民主的傾向をどのように生み出し、高度な自治をどう発展させていったのかをたどる作業は遠回りのようだが、…日本人が今後民主主義とどう向き合うかの示唆がある。
江戸の村でみられた民主的傾向の代表例は!〜、
江戸の村でみられた民主的傾向の代表例は!〜、
『入札』と呼ばれた選挙の仕組み!・・・
当時の村は、百姓の家々でつくる集落を中心に田畑などの耕地や山などを含む広い領域を持つ共同体だった。
名主(庄屋・肝煎)、名主の補佐役である組頭(年寄)、一般の百姓の代表である百姓代。現在の村長、助役、監査委員にあたる、これらの村役人(村方三役)は、田畑を持ち年貢を納める本百姓の中から入札で選ばれ、多岐にわたる村政運営を行っていた。
江戸時代初期、トップの名主は!〜、
戦国時代の地侍や土豪の末裔など社会的、経済的に優位な家系の世襲が多かった!・・・
然し、中期以降になると本百姓間での一代交代や年期を区切った輪番などの制度が現れ、後期には入札で決める村が出現した。
百姓代は年貢の配分などをチェックする役割で、一種の権力分立だった。そして、組頭や百姓代の多くは、本百姓らによる村政改革運動である村方騒動によって生まれている。
➤ 明治維新と敗戦で忘却された
江戸の村の民主的傾向:
江戸の村の民主的傾向:
1863(文久3)年、信濃地方の佐久郡下海瀬村(現・長野県佐久穂町)で行われた名主と組頭選びに関する文書には入札の様子が詳しく記録されている。
『信濃の風土と歴史4 近世の信濃』(長野県立歴史館編)によると、まず台帳(有権者名簿)をつくり、人数分の札(投票用紙)が有権者に配られ、その札に本人確認の割り印を押した上で、候補者の名前を書いて投じていた。投票は戸主に限られる制限選挙ではあるが基本的な仕組みは今と同じだ。
また、当時の台帳には女性3人が登録されている。
また、当時の台帳には女性3人が登録されている。
女性も戸主であれば投票権を与えられたのだ。
同様のことは近世後期の信濃地方の各地に見られたという。
一定の条件下では男女同権だった。さらに下層農民への投票権拡大も確認されている。
入札による村役人の選出は、幕府や各藩が作った統一的な制度ではなく、それぞれの村で平等化を求める試行錯誤の結果、生み出されたものである。世襲制が続いた村も存在する中で、この自然発生的な入札を一律な制度にしようとした動きもあった。
入札による村役人の選出は、幕府や各藩が作った統一的な制度ではなく、それぞれの村で平等化を求める試行錯誤の結果、生み出されたものである。世襲制が続いた村も存在する中で、この自然発生的な入札を一律な制度にしようとした動きもあった。
旧布施市(現・東大阪市西部)の地域史によると、1790(寛政2)年とその翌年、荒川村三ノ瀬分の百姓代の実父、又右衛門が、寛政の改革を行っていた老中の松平定信に上書を提出している。
その上書では村政の現状について、世襲の結果、幼少者や素行不良者までが庄屋を務めている例が多いとして,
選出方法の改革と、組頭の権限拡大を提案している。具体的には、入札により票の多い者を庄屋として任命し、・・・同数の場合は所有農地の生産量が多い方とする、百姓代は5人の組頭の中から輪番で選ぶ、というものだった。
こうした江戸の村の民主的傾向は明治維新、敗戦を経て忘れ去られて、西洋型の民主主義に取って代わられてしまったのは、日本の悲劇と言えるかも知れません。
民主主義が SNSに呑まれるつつあるのは日本だけか?
自問自答すると、どうも世界情勢を俯瞰すると日本だけのようです。
欧州!、北米!、特に欧州は民主主義発祥の地といわれていますが、その欧州、特にフランスは民主主義が死にかけており、米国も然り左翼が強靭な力を持ち、司法介入で行政を脅かしている。
米国などは反トランプ勢力が連邦裁判所・地裁、控訴裁の左翼活動判事はトランプ大統領令(行政)を次々と差止めしている。
本来なら民主主義の骨幹である三権分立が立法府及び行政府を支配しようとしている様はまさに民主主義の危機!と言っても決して過言ではないでしょう。