ジャパン電子マネーはなぜこれほど洗練されているのか?
この連載では、シェーデ教授が研究活動や日常のディスカッションを通じて「面白い」と思った、日本のビジネスに関するトピックについて、海外の目線からご紹介します。
初めまして。カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)で日本型経営論を研究・教えているウリケ・シェーデ(Ulrike Schaede)です。ドイツ人で、ドイツの大学で日本学と経済学の博士課程を修了しました。日本を初めて訪れたのは1982年で、 当時特に驚いたのは、日本の会社が、文書を手書きして、グローバルに競争をしていたことです。
手書きで機能する経済大国に魅了されて…
この“手書きで機能する経済大国”にすっかり魅了された私は、日本語を勉強しながら、日本をあちこち旅行しました。普通の日本人よりもよっぽどたくさん、日本の各地を旅行し、お寺やホテルを見て回ったと思います。一番好きな場所は富山県、九州地方(特に天草や日向)、そして東北地方です。以来私は、日本の研究をライフワークにしています。
日本がバブル経済の時期にあった87年頃、私は一橋大学の博士課程の学生でした。合計8年間、研究員や教授として様々な研究機関で日本型経営の勉強をしました。日本語も流暢に話せます。92年に米カリフォルニア大学バークレー校、それからカリフォルニア大学サンディエゴ校という、日本の研究においては米国を代表する2つの大学で研究を続け、今は大学で日本型経営論を教えています。 専門分野は日本企業の企業戦略です。
お寿司が大好きですが・・・
お寿司は日本発のグローバルなヒット商品ですし、米国でもドイツをはじめとするヨーロッパの国々でもお寿司屋さんと回転寿司はとても人気があります。 私もお寿司は大好きですし、米国風の「カリフォルニア・ロール」よりも日本人が作る“本物の”お寿司のほうを好みます。お寿司は素晴らしい料理ですが、“日本の素晴らしさ=お寿司の素晴らしさ”というわけではありません。私にとっては今でも、“日本の素晴らしさ=日本のイノベーション”です。
日本のイノベーションがすごかったのは20世紀の話だ、と現在よく言われています。 私も、ソニーのウォークマンや、デジタルビデオカメラや、90年代に初めて買った東芝のノートパソコンには驚きました。しかし、日本のイノベーションは現在も進行中なのです。私たちは、日々進展し続ける日本のイノベーションの素晴らしさ、及びその秘められた可能性に気づいていないだけなのです。この連載では、世界を代表する日本の素晴らしいイノベーションを、外国人の観点からご紹介していきたいと思います。
最も印象的なイノベーションは、スイカです
日本の社会、ビジネス両方の観点から見て印象的なイノベーションの1つは、Suica(スイカ)です。スイカについてUCSDで丸々90分、講義をすることもあります。なぜかって? それはスイカは日本のテクノロジーと社会の特徴を反映しているからだけではなく、スイカをはじめとする電子マネーのビジネスにおいて、日本は世界のリーダーだからです。
実は、日本が発明したこの電子マネーのテクノロジーは、95年の香港進出を皮切りに、シンガポール、インド、タイ、中国、ハワイなどへの輸出に成功しています。いわゆる、日本国内でしか通用しない“ガラパゴス商品”ではないのです。
もちろん日本人なら誰でも、スイカやPASMO(パスモ)がどんなものかご存知だと思います。クレジットカードに似たプラスチックカードに、ソニーが開発したFeliCa(フェリカ)という平たいICチップが埋め込まれていて、“タッチアンドゴー”で運賃を精算してくれるツールですね。
このテクノロジーは日々発展し続けており、今ではレストラン、タクシー、カラオケなどでスイカなどが使えるほか、ICチップを搭載した「おサイフケータイ」としての利用も増えています。FeliCaのテクノロジーでライセンスビジネスをしている「フェリカネットワークス」という会社は、ソニー57%、NTTドコモ38%、そしてJR東日本5%の出資による合弁事業です。皆さんがスイカで自動改札機にタッチするとき、この3社に小額の手数料が入ります。これは素晴らしいビジネスモデルで、ソニーの大きな収入源にもなっています。
東京の通勤スタイルが電子マネー普及を加速
日本が、このテクノロジーを開発するもととなった1つの理由は、東京の通勤・通学の仕組みにあると思います。東京は1日何百万人もの通勤・通学者が行き交う経済の中心地であり、世界で最も、電車や地下鉄などの交通機関が発達しています。私が初めて日本に訪れたばかりの頃は、まだ改札にいる駅員さんがパンチを使って1枚1枚、切符に穴を開けていましたが、その進化ぶりには目を見張るものがあります。
90年代に入りオムロンなどが製造する自動改札機が導入されると、圧倒的なスピードで切符を処理できるこのテクノロジーに皆が魅了されました。世界がうらやむこのテクノロジーは瞬く間に、ニューヨークやサンフランシスコなどの大都市に導入されました。しかしこの自動改札機でも、1000万人を超える東京の人口に対しては力不足でした。またここだけの話、自動改札機によって不正乗車が増えたという話も聞きます。自動改札機をさらに発展させる必要があったのです。
さて、ここでソニーが表舞台に登場します。ソニーはまず非接触型ICカードを発明し、それを読み込む装置を他社が開発しました。この新しい装置を搭載した自動改札機は、従来の自動改札機よりもはるかに情報処理が速いだけでなく、乗車券を買う手間を省いてくれるため、利用者にとってもより便利になったというわけです。
そしてソニーがJR各社と提携し、この自動改札機がJRの駅に設置されたことにより、ラッシュアワー時の改札口付近の混雑緩和につながりました。さらに、このテクノロジーの更なる可能性に着目したNTTドコモは、「おサイフケータイ」という、非接触型ICチップを利用した携帯電話を開発しました。
スイカも、最初は用途が限られた日本限定の“ガラパゴス商品”でした。しかし、パスモの登場によって地下鉄やバスでもこのテクノロジーが導入され始め、後にスイカとパスモの相互利用が可能になったことにより、交通機関においてこれらは重要なアイテムになりました。さらに、この読み取り機が改札やバスだけではなくコンビニなどでも導入され始めたため、買い物にスイカを使う機会が増えました。
一方で、セブン&アイホールディングスの「nanaco」のようなプリペイド型のカードも登場し、大都市で生活するうえでは電子マネーが便利、という共通認識が日本の消費者の間で生まれました。そして今この瞬間にも、Felicaが入ったカードを使われるたび、ソニー、JR各社など複数の会社に利益が入るようになっています。このビジネスモデルは瞬く間に応用され、電子マネーを利用したおサイフケータイなどが一気に広まりました。
日本は電子マネーの世界ナンバー・ワン
世界中どこを探しても、日本ほど電子マネーが広く使われている国はありません。国際決済銀行(BIS)によると、2011年の日本における電子マネーの合計利用額は260億ドルで、2位イタリアの135億ドルに大差をつけ、世界ナンバー・ワンです(グラフ参照)。電子マネーの合計利用回数は1位のシンガポールの28億回に続き、2位の23億回でしたが、20億回を超える国はほかにありません。また、電子マネーの成長率においても、日本は世界一と発表されました。
世界における電子マネーの利用額
(出所:Bank for International Settlements, Committee on Payments and Settlement Systems (ed.), Statistics on payment, clearing and settlement in the CPSS countries, Figures for 2012, http://www.bis.org/publ/cpss116.pdfComparative Tables #9, p.455. 単位10億ドル)
どうして電子マネーが、ぴったりと日本人の生活になじんだのでしょうか。これについてはいくつか理由があります。まず、米国がカード社会なのに対して、日本はいまだ現金社会であることが関係します。
「小銭社会」には電子マネーが便利
後払いのクレジットカードとチャージ型のスイカやパスモはもちろん別物ですが、現金と比べると、スイカはクレジットカードに近いといえます。つまり、現金にあふれた日本社会において、スイカがもたらす価値はとても大きいのです。そもそもかさばる小銭をたくさん持ち歩くより、スイカでスマートに生活するほうが楽ではないでしょうか? 一方米国の場合、1ドルが既に紙幣なので、小銭を持ち歩くことが少ないのです。
2つ目の理由はプリペイドカードに関係します。日本では、テレフォンカードやオレンジカードなどのプリペイドカードが以前からよく使われていました。それに対し、米国は(小切手などによる)後払い、ドイツはその場払いが好まれるため、プリペイドカードはあまり使用されませんでした。前払いが既に馴染んでいた日本だからこそ、電子マネーが定着したのではないでしょうか。
3つ目の理由は交通機関にあります。とにかく利用者が多く混雑しがちな鉄道において、スイカがあまりに便利だったのです。その半面、電車が日本ほど主要な交通手段ではない米国の鉄道では、いまだに電子マネーの導入は「検討中」の段階に過ぎません。
どうしてスイカと電子マネーがすごいのか
ここまで挙げたスイカ、パスモ、おサイフケータイなどは、日本のイノベーションのほんの一例にすぎません。しかし、スイカを分析することによって、今日本でイノベーションがどう発展していくのか見ることができます。
ちなみに、電子マネー市場は専門用語で言うと、”双方向市場”というカテゴリに当てはまります。なぜ双方向かというと、スイカやパスモは読み取り機が設置された改札や店舗がなければ使えないからです。しかも、実はこの読み取り機は値段がとても高いのです。
しかし東京を見渡すと、タクシー、自動販売機、コンビニなど至るところに読み取り機が設置されています。これは、東京の人口密度が高いことと、電車のシステム(これについてはまた別のコラムでご紹介します)に理由があります。
日本の素敵なイノベーション、まだまだあります
電子マネーのビジネスには、カード本体を作る会社、鉄道会社、読み取り機を開発する会社、電子マネー運営会社、クレジットカード会社、店舗、通信会社などとたくさんのプレーヤーがいて、誰もが電子マネーの利用を広げようと努力しています。
そしてこのビジネスの頂点に立とうと、現在、電子マネーを応用した新しいテクノロジーの開発を競っている会社もあります。これらの動きもすべて、スイカやパスモといった、鉄道で電子マネーを使えるシステムをいち早く開発できたことから、始まっているのです。
日本にはこのスイカのように、日本人がガラパゴスだと思っていたり、さほど珍しくないと思っていたりするような画期的なイノベーションがいくつもあります。この連載を通じて、たくさんご紹介していく予定ですので、次のコラムにご期待ください。
日経ビジネス(2014年5月12日(月))
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140422/263292/?rt=nocnt
筆者考:
ウリケ・シェーデ(Ulrike Schaede)
米カリフォルニア大学サンディエゴ校教授
日本型経済・経営および経営戦略論の権威。主な研究領域は、日本を 対象とした企業戦略、組織論、金融市場、政府との関係、企業再編、起業論等。20 年以上に渡り、米カリフォルニア大学校、 ハーバード経営大学院、カリフォルニア大学バークレー校、 一橋大学、日本銀行、財務省、経済産業省、政策投資銀行などで研究員を歴任。近著『Choose and Focus』においては、「失われた 20 年」に日本がどのように変化したかを取り上げ、大学の日本型経営 の教科書としても使われている。日本在住経験 8 年以上。
前日の更新記事で安倍首相の戦略的頭脳(ブレーン)とも言える産業競争力会議のメンバーの中の民間議員が安倍政権に多大に影響を及ぼして日本国を誤った方向へと誘っている危険さを指摘しましたが、・・・図らずも外国人である《ウリケ・シェーデ(ドイツ人、米カリフォルニア大学サンディエゴ校教授)》が日本型の技術開発や経営の卓越さを高く評価をしている。
産業競争力会議のメンバーがグローバル化を妄信して日本の偉大なる先人たちが培った伝統的な価値観から目を背けているのとは大違いです!。
新鮮な発想であり、日本の「政・官・財」はウリケ・シェーデ氏の慧眼(指摘)を有難く受け止め心に刻み!、・・・今後の日本経済構造改革に邁進すべき!と筆者は思います。
✦《日本を初めて訪れたのは1982年で、 当時特に驚いたのは、日本の会社が、文書を手書きして、グローバルに競争をしていたことです》・・・
“手書きでグローバルに競争していた!”、立派に世界で通用して世界先進諸国が景気後退に悩まされていた時代の1980年代は日本経済の黄期!。
日本の経済が歪んできたのは日本型の経営や技術開発能力が問題ではなく、・・・円高を是正しようと採った金融政策、人為的に操作された超低金利政策に依って生じた特大の「バブル・バースト(バブル破裂)による後遺症と河野談話と村山談話などが出された結果、連れて自虐精神思考の捕囚となり、特亜への賠償金、ODAが膨れ上がり、血税が浪費され国財政に支障を来たし、国運が徐々に衰退して行ったのが最大の原因です。
これが不毛の20年間と移行して経済構造改革(怒涛のIT、産業革命)が疎かになった事は痛恨の限りです。
ウリケ・シェーデ氏の慧眼(指摘)!・・・
安倍政権は産業競争力会議の民間議員を見直して、・・・国家観や正しい歴史認識が欠如している人物を外して、これこそ真に日本国を理解して鋭く役に立つ指摘ができる外国人、すなわち “ウリケ・シェード氏の様な慧眼の持ち主を海外客員議員として迎えるべきだ!” と筆者は安倍政権に、不遜ですが、可能なら伝たいもの!と切望しています。
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