2026年9月15日火曜日

『ブレイブハート』から『JFK』まで:歴史を完全に間違って描いた映画10選!…

ハリウッドはしばしば!〜、
厳密な歴史的正確さよりも、スペクタクルとドラマ性を優先する!・・・


時代劇大作はアカデミー賞で多くの賞を受賞する傾向があるが、現実の出来事との関連性は、創作上の自由から完全な捏造まで多岐に亘る。これから紹介する10本の名作映画は、忘れられない映画体験を提供したが、歴史的検証ではすべて失敗に終わった。

1)タイタニック(1997):

ジェームズ・キャメロン監督のオスカー受賞作であるこの大ヒット映画は、1912年の悲劇的なタイタニック号沈没事故を、ジャック(レオナルド・ディカプリオ)とローズ(ケイト・ウィンスレット)の架空のロマンスを中心に描きながら、実在の航海士ウィリアム・マードック(ユアン・スチュワート)が賄賂を受け取り、乗客を射殺し、自ら命を絶つという描写をしている。

1997年の公開当時、マードックの描写は大きな非難を浴びた。
生存者の証言によれば、一等航海士は英雄的な行動を取り、救命ボートの降ろしに奔走し、凍てつく大西洋で命を落とすまで数百人の命を救ったという。
 さらに、映画で描かれているように、三等客が武装した警備員によって甲板下に閉じ込められたという事実もない。映画『タイタニック』の製作陣は最終的に、…マードックの故郷であるスコットランドのダルビーティを訪れ、彼の遺族に公式に謝罪した。

2)ブレイブハート(1995):

メル・ギブソン監督の壮大な映画は、13世紀のスコットランドでウィリアム・ウォレスがイングランドの支配に反旗を翻し、ベルト付きのキルトを身にまとい、フランスのイザベラ(ソフィー・マルソー)を誘惑する姿を描いている。

しかし、この映画には多くの不正確な描写がある。例えば、スコットランド人がキルトを着用するようになったのは16世紀になってからで、ウォレスの死後300年近くも後のことだ。さらに、ウォレスの反乱当時、イザベラはわずか3歳でフランスに住んでおり、二人の関係はあり得なかった。

3)『パールハーバー』(2001):

マイケル・ベイ監督のロマンチックな戦争ドラマ『パール・ハーバー』では、レイフ・マッコーリー(ベン・アフレック)とダニー・ウォーカー(ジョシュ・ハートネット)が日本軍の零戦と交戦し、米国が第二次世界大戦に参戦する前にイギリスの「イーグル・スコードロン(義勇飛行中隊)」に参加し、民間医療部隊への直接攻撃を目の当たりにする様子が描かれています。

しかし実際には、米国が中立を保っていた当時!〜、
レイフのような米陸軍航空隊の将校がイギリスのイーグル・スコードロンに
     参加することは法的に禁じられていました!・・・
また、1941年12月7日の攻撃において、日本軍は戦艦、飛行場、燃料貯蔵施設の攻撃を優先しており、映画で描かれたような野戦病院や民間人看護師を標的にすることはありませんでした。さらに、フランクリン・D・ルーズベルト大統領(ジョン・ヴォイト)が閣僚を鼓舞するために車椅子から立ち上がるという劇的な場面も、実際には起こりませんでした。

4)ポカホンタス(1995):

ディズニーのアニメ映画で広く知られる物語は、ポウハタン族の若い女性ポカホンタスが、イギリスの探検家ジョン・スミス船長と恋に落ち、両文化間の和平に貢献するというものです。

1607年にジョン・スミスがバージニアに到着した際、ポカホンタス(本名はマトアカ)はまだ10歳から12歳ほどの少女であり、一方のスミスは27歳の兵士でした。したがって、二人の間に恋愛関係は存在しませんでした。
 スミス自身の記述にある「ポカホンタスが自らの体を彼にかぶせて命を救った」という有名なエピソードについては、現代の歴史家の間で議論が分かれています。歴史家たちは、これを部族の養子縁組の儀式を誤解したもの、あるいはスミスが後年の著作で創作したものだと見ています。その後、ポカホンタスはイギリス人入植者に捕らえられて身代金目的で拘束され、キリスト教に改宗し、タバコ商人のジョン・ロルフと結婚しましたが、21歳でイギリスの地にて亡くなりました。

5)『グラディエーター』(2000年):

映画『グラディエーター』の物語は!〜、
     マキシムス・デシムス・メリディウス
     (ラッセル・クロウ)を中心に展開します!・・・
彼は、皇帝マルクス・アウレリウス(リチャード・ハリス)が息子のコンモドゥス(ホアキン・フェニックス)に窒息死させられる現場を目撃します。
その後、コンモドゥスは帝位を奪って暴君として君臨しますが、最終的にはコロッセオでの剣闘士の試合で命を落とします。

然し実際には、マルクス・アウレリウスが!〜、
      息子に殺害されたという事実はありません!・・・
彼は西暦180年に感染症で亡くなっています。コンモドゥスは父の死の時点で、…すでに3年間共同皇帝を務めていました。帝位の簒奪などではなく、彼は12年間にわたってローマを統治したのです。また、彼が闘技場の砂の上で死んだわけでもありません。宮廷クーデターの最中、入浴中にレスリングの相手役であったナルキッソスによって絞殺されたのです。さらに言えば、ローマの剣闘士の試合は、無秩序なデスマッチなどではなく、審判の管理下で行われるスポーツ競技でした。

6)『恋に落ちるシェイクスピア』(1998年):

若き日のウィリアム・シェイクスピア(ジョセフ・ファインズ)はスランプに陥っていましたが、男装して舞台に立つ貴族の娘ヴァイオラ・ド・レセップス(グウィネス・パルトロー)と出会い、彼女に触発されて『ロミオとジュリエット』を執筆することになります。

然し、この物語の大部分は歴史フィクションですト
ヴァイオラ・ド・レセップスという人物は実在しませんし、『ロミオとジュリエッ』が秘密の恋に触発されて書かれたという事実もありません。

確かにエリザベス朝の演劇界では女性の舞台出演が禁じられていましたが、エリザベス1世のような君主が一般向けの劇場に足を運ぶことはありませんでした。
当時の劇場は治安が悪く不衛生だと見なされていたからです。その代わり、…
劇団が宮廷に招かれ、私的な公演を行うのが一般的でした。
ひらたく言えば、1590年代半ばの時点で、シェイクスピアはすでにアン・ハサウェイと結婚しており、ロンドンで確固たる地位を築いた劇作家となっていました。彼は決して、アイデアに苦しむ無名の貧しい若者などではなかったのです。

7)『ビューティフル・マインド』(2001年):

ロン・ハワード監督の伝記映画は!〜、
    統合失調症と闘うジョン・ナッシュ
      (ラッセル・クロウ)の姿を描いています!・・・
劇中で、ノーベル賞を受賞した数学者であるナッシュは、大学時代のルームメイト、少女、そして政府の秘密工作員といった人物の姿を、鮮明な幻覚として目にします。

ジョン・ナッシュが実際に妄想型統合失調症を患っていたのは事実ですが、彼の幻覚は主に聴覚的なものであり、妄想を伴うものでした(彼は「声」を聞いたり、新聞記事を通じて地球外生命体がメッセージを送ってきていると信じたりしていました)。映画製作者側は、視覚的なイメージの方が映像として表現しやすいた為、…
症状の描写を変更したことを認めています。
また、同作はナッシュの私生活についても事実を美化して描いており、婚外子の存在や妻アリシアとの離婚、さらには他の男性との親密な関係といった事柄は省かれています。

8)『JFK』(1991年):

オリバー・ストーン監督は、1963年のジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件の背後にCIA、FBI、軍幹部、そしてリンドン・B・ジョンソン副大統領が関与する陰謀があったことを暴こうとする、ニューオーリンズの地方検事ジム・ギャリソン(ケビン・コスナー)の姿を描いています。

歴史家たちは、本作がすでに否定された陰謀論を歴史的事実として提示していると批判しています。映画に登場する主要人物(ドナルド・サザーランド演じる「ミスター・X」など)は完全な創作でした。
実在のギャリソン検事による実業家クレイ・ショーの訴追は疑わしい証言に基づくものであり、裁判では1時間足らずでショーの無罪判決が下されました。
複数の機関が関与したクーデターという筋書きを裏付ける公式な証拠は存在しませんが、本作をきっかけに「JFK記録法」に基づく機密記録の公開が進められることとなりました。

9)『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年):

名作映画『サウンド・オブ・ミュージック』では、家庭教師のマリア(ジュリー・アンドリュース)が海軍のフォン・トラップ大佐の7人の子供たちに歌を教え、1938年のナチスによるオーストリア併合の際、一家がアルプスを越えてスイスへ逃れるのを助ける様子が描かれています。

もしフォン・トラップ一家がザルツブルクの自宅裏にある山を越えていたら、…
ヒトラーの山荘があるベルヒテスガーデン付近で、ナチス・ドイツの勢力圏に真っ直ぐ足を踏み入れてしまうことになっていたでしょう。
 実際には、一家は地元の駅まで歩いてイタリア行きの列車に乗り、その後アメリカへ移住しました。また、人物像も映画とは逆で、実際のフォン・トラップ大佐は温厚で音楽を愛する人物でしたが、マリアは厳格な性格でした。更に、二人はオーストリアを離れる時点で、すでに結婚して10年以上が経過していました。

10)『プライベート・ライアン』(1998年):

映画『プライベート・ライアン』の冒頭に描かれるD-デイ(ノルマンディー上陸作戦)のシーンは、その技術的なリアリズムの高さから退役軍人たちにも高く評価されていますが、物語の根幹となる設定はフィクションです。オマハ・ビーチへの上陸後、ミラー大尉(トム・ハンクス)率いる米陸軍レンジャー部隊は、3人の兄弟を戦地で失ったジェームズ・ライアン二等兵(マット・デイモン)を救出する為、ノルマンディーの敵地深部へと向かいます。

この物語は、実在したナイランド兄弟のエピソードを大まかな着想源としていますが、実際には、たった一人の二等兵を救出するために、敵の防衛線を越えて部隊全体を派遣するような任務が米軍によって行われたことはありません。
また、架空の町ラメルを舞台にしたクライマックスの戦闘シーンでは、ドイツ軍の重装甲車両に対する歩兵用小火器の威力が実際以上に誇張して描かれています。現実の戦闘において、そうした重装甲車両は主に砲撃や戦術航空攻撃によって無力化されていました。

参考文献:

■【From Braveheart to JFK: 10 movies that got history

   completely wrongBraveheart to JFK: 10 movies that

       got history completely wrong】:

https://www.theamericanfacts.com/article/What-First-Lady-was-accused-of-bigamy-10-political-crises



2026年9月14日月曜日

支那共産党:米国の農地を買い漁り続けるために共和党系ロビイストを買収!…


✺ 
ブルック・ロリンズ農務長官は昨年、演壇に立ち!〜、
           米国が外国の敵対勢力に自国の土地を
          支配させることは決してないと誓った!・・・

ワシントンには!〜、
  その約束が空約束に終わるように仕向ける為に
    報酬を受け取っている人物がいる!・・・

✺  連邦当局への提出書類によりスミスフィールド社が!〜、 
 ワシントンによる(規制などの)行動を阻止する為に誰を
 雇っていたのかが、連邦政府への提出書類によって
        明らかになった!・・

スミスフィールド・フーズの87%を支那が所有し、
   米国ベーコン市場を支配している:
スミスフィールドのベーコンを購入する米国人の大半は!〜、
  その代金が北京に流れていることを知らない!・・・

香港に本社を置くWHグループは!〜、
  スミスフィールド・フーズの87%を所有し米国の
    豚肉供給量の4分の1以上を支配している!・・・
WHグループは、支那の双匯(シュアンフイ)グループから派生した企業である。


WHグループの長年の会長であるワン・ロン氏は!〜、
    支那共産党員であることが確認されており、
      支那全国人民代表大会の議員も務めた!・・・

スミスフィールド社自体は、米国内に約87,000エーカーの土地を所有している。
同社は現在、敵対的な外国勢力を米国の農地から締め出すことを目的とした法案に反対するよう、元共和党議員スタッフたちにロビー活動を行うよう指示している。

元共和党上院スタッフ、現在は支那資本の
 スミスフィールド社のためにロビー活動を展開:
     連邦政府へのロビー活動開示資料は嘘を吐かず!〜、
          真実を語っている!・・・

ホランド・アンド・ナイト(Holland & Knight)法律事務所は、2025年の第2四半期だけでスミスフィールド社から27万ドルの報酬を受領した。
提出された資料では、同事務所がスミスフィールド社の代理として働きかけた法案として、S.903 PASS法案『農業の安全・防衛促進法(Promoting Agriculture Safeguards and Security Act)』、…が具体的に明記されている。

          
クリストファー・デレイシー

支那共産党による農地取得を巡る争いにおいて担当ロビイストに指名されたのは、バージニア州選出の共和党上院議員ジョン・ワーナーの元顧問弁護士、クリストファー・デレイシー氏だった

            
 スーザン・コリンズ:
1952年12月7日生れ(73歳)
上院議員(共和党/メイン州選出)
完全な「反トランプ派」というよりは、トランプ氏と一定の距離を置き、事案ごとに批判や反対に回る「穏健派(モデレート)の批判者」という位置ずけされている。2024年の大統領選ではトランプ候補に投票せず。弾劾裁判ではトランプ氏有罪票を投じた。


2025年の第4四半期までには、スミスフィールド社の農地関連ロビー活動チームにモリー・ロス氏が加わった。
ロス氏は、共和党のスーザン・コリンズ上院議員の事務所で8年間に亘り、…
農業、栄養、歳出、エネルギーといった分野を担当し、議会との人脈を構築した。これらはまさに、現在この法案の行方を左右する委員会との関係そのものである。

           モリー・ロス:
モリー・ロス氏は、ホランド&ナイトのワシントンD.C.オフィスに所属するシニア・ポリシー・アドバイザー。連邦政府業務プラクティスのメンバー。エネルギー、環境、農業・食品政策の分野に加え、連邦予算および歳出に関する問題にも重点的に取り組んでいる。

キャピトル・ヒルでの8年間の勤務経験を持つロス氏は、米国上院について深い理解を有しており、クライアントが歳出承認プロセスを円滑に進められるよう支援している。また、エネルギー、環境、農業、水産問題の所管委員会との強固な関係を築いた。超党派的な姿勢と現実的な思考で知られるロス氏は、当事務所に有益な知識と人脈をもたらしています。


共和党上院議員の事務所で培われたそうした人脈が!〜、
今や支那共産党と綿密な繋がりがある企業の為に貸し出されている!・・・

           
ジョエル・ロバーソン

ジョエル・ロバーソン氏もこの活動の一翼を担っています。ロビー活動の登録情報によると、同氏の政府での経歴には、下院共和党議員総会(House Republican Conference)でのフロア・コーディネーターや委員会連絡担当としての職務に加え、下院司法委員会での勤務経験も挙げられています。

           
  
ピーター・テイバー
ピーター・V・テイバー氏は、ホランド&ナイトのワシントンD.C.オフィスに所属するシニア・ポリシー・アドバイザー、連邦政府渉外業務グループのメンバー。
同グループの農業・食品政策チームの共同リーダーを務めるとともに、同事務所のUSMCAチームのメンバーでもある。食品・農業分野における規制、貿易、持続可能性に関する問題について、クライアントの利益を代弁している。
連邦政府および食品・農業業界での通算20年に亘る経験と知識を活かしている。

グリーンバーグ・トラウリグ(Greenberg Traurig)法律事務所が2026年5月にスミスフィールド社のロビー活動を登録した際、ロバーソン氏とデレイシー氏はいずれも、『農地の外国所有に関連する問題』に取り組むロビイストとして名を連ねていた。また、元米国農務省(USDA)高官のピーター・テイバー氏もスミスフィールド社のロビー活動に従事しており、同じく農地の外国所有に関する案件を担当している。

PASS法は支那による農地買収を禁止する内容となっており、スミスフィールド社はその阻止の為に資金を提供:

           マイク・ラウンズ:
1954年10月24日生まれ(70歳)
米上院議員(サウス・ダコタ州選出、共和党)

スミスフィールド社のロビイストたちが標的としている『PASS法』を主導した
マイク・ラウンズ上院議員は、敵対的な国家が米国の機密性の高い軍事施設の近隣に拠点を確保しようと意図的に動いていると警告した。

ロリンズ農務長官は、政権として《外国の敵対勢力に我々の土地を支配させるようなことは決してしない》、…と明言した。
これに対しスミスフィールド社は、まさにそれらの上院議員の元同僚たちを雇用するという手段に出した。
オクラホマ州の議員らは、支那共産党による農地所有を規制する法案を可決したものの、その後、スミスフィールド社を名指しで保護する例外規定をひそかに盛り込む悪辣な手段を為した。

2024年から2025年にかけて、スミスフィールド社はロビー活動に少なくとも158万ドルを費やし、2024年の選挙サイクル中には9万ドル以上の政治献金を行った。
それこそが、北京による米国での農地事業を維持するためのコストなのである。

支那資本傘下のスミスフィールドはいかにして、共和党との『回転ドア』型ロビー活動体制を築き上げたのか:
年収8万ドルの議会職員は、※『Kストリート』のドアを出た瞬間にその給料を何倍にも増やすことができる。
その結果、悪循環が生まれる。職員は何年もかけて議会で人脈を築き、その人脈を、まさにその扉を開けてくれ事を必要とするクライアントの為に利用する悪循環が生まれる。

クライアントが、米国の農地を守る為の法案を阻止する支那共産党系の企業である場合、この悪循環はワシントンの厄介事ではなく、国家安全保障上の深刻な問題へと移行する。​​ワシントンの共和党議員は支那共産党による米国の農地買収は緊急の対応を必要とする緊急事態だと有権者に訴えている。

然し、ロビー活動に関する書類は全く異なる事実を示している。
元共和党関係者が、支那資本のスミスフィールド社から6桁の小切手を受け取り、この緊急事態が永久に解決されないままになるように仕向けているのだ。

※『Kストリート』:
『ロビイスト(圧力団体)の世界』や『政治資金・ロビー活動の代名詞』 を意味しています。アメリカの首都ワシントンD.C.にある『K通り(K Street)』には、…多くのロビー活動専門の法律事務所、コンサルティング会社、利害関係団体のオフィスが集まっています。
その為、この文脈は『年収8万ドルの連邦議会スタッフが、役職を辞めて(議会を出て)ロビー活動の業界(K Street)に転職した瞬間、その給料を何倍にも増やすことができる』という、米国政界の『天下り』や民間転身による高額報酬の実態を表しています。


これは米国史上で最大の悲劇!、米国腐敗が怒涛の勢いで進んでいる!と言わざるを得ない由々しき事態に米国は陥っている証です。
支那共産党(北京》は米国議会を買収する必要はなく、嘗て共和党議員事務処で働いていた売国者どもを莫大な金銭を提示して買収すれば良い。
議会全体を買収する額よりも遥かに低い額で議会を動かす事ができる。
支那共産党の米国浸透の悪辣な戦略はげにも恐ろしい!。


   万国共通!と言わざるを得ませんんね!・・・

日本の場合はロビーストは存在しませんが、与党政権内に支那に懐柔された売国奴が跳梁跋扈しています。
最高指導者である、首相ですらこの範疇に入るのでは救いがありません。
左巻き野党議員の売国奴!振りは輪を掛けており、末期的症状を示しているます。まさに、日本は出口のないトンネルの中で呻吟しているのでは?と思える程です。




2026年9月13日日曜日

全米で大ブーム〈ジャパニーズウォーキング〉の歩き方!…

健康維持に役立つとされる新しい歩行運動『Japanese walking』(ジャパニーズウォーキング)をご存じだろうか。
ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズ、タイム、フォーチュンなど米国メディアに多数取り上げられ、海外で大ブームを巻き起こしている。考案者は、信州大学医学部特任教授の能勢博氏だ。具体的な行い方や、得られる健康効果、その根拠について迫った。
(ジャーナリスト 笹井恵里子筆)

     信州大学医学部特任教授の能勢博氏 

■  だらだら歩きを続けても筋力はほとんどつかない:
● 〈Just 30 minutes a day of Japanese walking may help you get in shape〉
 (1日たった30分のジャパニーズウォーキングで健康維持に効果あり)―
  『The Washington Post(ワシントン・ポスト)』!・・・

 他にも『FORTUNE』『TIME』などで、能勢博氏
(信州大学医学部特任教授)が提唱する歩行運動が注目を集めている!・・・


私が研究結果を発表したのは20年近く前の話ですが、ここ数年の海外での
 人気が凄いのです》と、能勢氏も驚く。
因みにジャパニーズウォーキングは、海外メディアの呼び名で、能勢氏は研究発表当初から「インターバル速歩」と呼んでいる。

《24年にNHKワールド『Medical Frontiers』(メディカルフロンティア)でインターバル速歩が英語で紹介され、大きな反響がありました。翌年の25年にはオーストラリア人のインフルエンサーがソーシャルメディアでJapanese walkingとして紹介し、TikTokでも大ブレークしたのです》、…


今も、はるばる海外から!〜、
   信州大学にいる能勢氏のもとまで
     取材に訪れる記者もいるのだという!・・・
さて、それでは能勢氏が提唱するインターバル速歩(ジャパニーズウォーキング)とは何か――。《大切なことは、だらだら歩きをいくら続けても、筋力はほとんどつかないということです》、… と能勢氏。

《運動強度が足りないと、持久力や筋力が伸びません。逆に個人の最大体力70%、
  平たく言うと“ややキツイ運動”をすると、その時間に比例して持久力や
     筋力が向上するのです》、…

■  話題のインターバル速歩:週60分になればOK:
    能勢氏はややキツイ運動として!〜、
     インターバル速歩を考案した!・・・
リラックスして背筋を伸ばし、いつもの「ゆっくり歩き」と、本人がややキツイと感じる「速歩」を3分間ずつ交互に繰り返す。このゆっくり歩き3分+速歩3分=6分が1セットだ。

《これを1日5セット(計30分間)で、週4日程度が目安です。そんなに日数が
  取れない人は、週末にまとめてもOK。要はトータルの速歩時間が
        週60分になればいいのです》、…

 例えば、会社帰りに速歩3分+ゆっくり歩き3分=6分(1セット)を、毎日12分(2セット)×平日の5日間行ったとしよう。すると速歩がトータルで30分になる。残り30分(10セット)を週末に行えば目標クリアだ。
 もしくは「ゆっくり歩き」を設けず、「速歩を15分間連続」で行い、それを週4日行ってもいい(私は“7分連続の速歩”が限界だったが……)。

■  効果は60分で頭打ち:速さの目安は「息が弾む程度」:
 それでは速歩が週60分より少ないとどうなるのだろうか?

《よく質問されますが、取り組んだ時間に応じて効果があります。
  ただしトータル60分で効果は頭打ちですので、それ以上する必要は
          ないということです》、…

 最大体力の70%以上という速歩の目安は、普段の速度から少しずつスピードを上げて2分以上歩いて息が上がるくらいのペース。能勢氏によれば、「息は弾むが、切れない程度」を目安にするといいそう。

《もうだめ、倒れるという運動をマックスの10とし、安静を1とした時、6~7ぐらいの負荷を体にかけるんです。目標強度が最大体力の70%というのは、米国のスポーツ医学会が推奨する60%より少し高めです。けれども3分程度なら、どうにかみなさんがやってくれることがわかったので、その設定にしました》、…

 さてインターバル速歩の根拠となる能勢氏の研究報告を紹介しよう。
2007年に発表されたものだ。

■  『1日8000歩を歩く』では
     筋力アップや健康効果は望めない:
 246人の中高年者を対象に「何もしない群」「1日8000歩超を歩く群」「インターバル速歩群」の3群に無作為に分けて5カ月間、その効果を比較した。

 すると「何もしない群」の結果が芳しくないのはもちろんだが、「1日8000歩超を歩く群」も、女性で若干の筋力増加が認められる程度で、スタミナの指標となる最高酸素消費量や生活習慣病などの検査数値の改善に効果はなかった。

 つまり「1日8000歩超を歩く」では、筋力アップや健康効果は望めないのだ。

 一方で「インターバル速歩群」は筋力(大腿四頭筋、ハムストリングス)、最高酸素消費量が向上し、血圧や血糖値も明らかに低下した。特に最低血圧の低下は、今後5年以内に脳梗塞や脳出血、心筋梗塞などの循環器系発作を起こす確率を40%低下させる値だったのだ。体力の低い人ほどその効果が高い。


       インターバル速歩による筋力の変化 出所:
    Nemoto K, et al., Mayo Clin Proc. 2007(能勢博氏らによる研究)

■  インターバル速歩では
         持久力も筋力も向上:
《持久性運動では筋肉量が増加しにくいといわれていますが、
  筋肉量が減り始める30代以降ではインターバル速歩を行うと、
      持久力だけでなく筋力も増えるのです》、…

《持久力や筋力が向上することで血圧が低下し、
   心臓や血管への負担が軽減される。よく眠れるようになったり、
  関節の痛みが取れたりという作用もあります。全体としてインターバル速歩
  を5カ月間行えば、体力が最大20%増加し、生活習慣病指標が20%改善する
      ことがわかっています》、…

「効果実感の目安」を最後にまとめた。

 それでも、現在太ってもいないし生活習慣病でもない人は!〜、
『筋力が増えること』にあまり興味がないかもしれない!・・・
だが筋力、言い換えると体力は20代をピークに30歳をすぎたあたりから毎年約1%ずつ減少し、10年でおよそ1割減るとされる。然し、脂肪は減っていかない。

そのため運動習慣がない人は!〜、
筋肉が減るにつれて本来筋肉があった部分に脂肪がどんどん入り込む!・・・
見た目の体型が変わらなくても、中身は筋肉量が大幅に減少し、脂肪がそのぶん増えてしまうのだ。これはいわばパワー(筋肉)が減って、荷物(脂肪)が重くなっていくようなもの。じわりじわりと体内が老いに向かっている。

『物事の決断や物覚えが悪い』
     
『よく眠れない』にも効果的:
 階段を上ると息が切れる、ついエスカレーターを使う、電車に乗るとすぐ座れる席を探す、歩く時に若い世代に追い抜かれるなどは筋肉量が低下し、体力が落ちている可能性大。

《疲れやすくなる、いつまでも同じことをぐずぐず考えているというのも、
  実は筋肉量減少の兆候です》と、能勢氏は指摘する。

《インターバル速歩をすると、脳であれば脳血流が改善して脳細胞も
 元気になります。物事の決断や、物覚えが早くなるという効果が期待できます。
 決断が遅いというのは、外部と内面からのありとあらゆる情報や刺激を瞬時に
 統合し、行動の方向性を示すプロセスが鈍くなっているということ。究極的に
 はとっさの脳血流と脳細胞の反応が落ちているということなのです》、…

 よく眠れない人も!〜、
         運動不足という!・・・

《要するに代謝が落ちているのです。ビジネスパーソンは仕事のことを考えて頭の中でぐるぐる回ってしまうパターンが多いのですが、インターバル速歩をすると『とりあえず寝よう』『なんとかなる』と思えるようになります。ぐっすり眠って起きれば、気力がわいてストレスにも強くなるでしょう。まずはだまされたと思って2週間続けましょう》、…

 さてインターバル速歩は「屋外」で行うものだが、雨の日など屋内でできるトレーニングはあるだろうか。次回、効率的に筋肉量を増やすためにインターバル速歩後に摂取したほうがいい“飲みもの”とともに紹介しよう。


【インターバル速歩「効果実感」の目安】

約20年間で1万人以上に運動指導を行った能勢氏の調査から

1日目:運動後に足、下半身に温かさを感じる。心地良い疲労感
1週間:汗をかきやすくなる
2週間:肥満傾向の人であれば体重が1キロほど減り始める
1カ月:「姿勢が良くなった」と言われる、夜によく眠れるようになり、昼間の体調が良くなる
2カ月:疲れにくくなったと感じる
3カ月:風邪をひきにくくなる、関節の痛みが取れてくる
4カ月:肌にハリとツヤが出てくる、ぜい肉が取れてくる
5カ月:筋力10%程度向上 
   血圧、血糖、肥満が20%程度改善


参考文献:

■【全米で大ブーム〈ジャパニーズウォーキング〉の歩き方、

   1日15分なのに5カ月で「肥満20%改善」】:

https://diamond.jp/articles/-/398741?utm_source=daily_dol&utm_medium=email&utm_campaign=20260913



インターバル速歩が効果があり!〜、

   全米で大ブームとなっている!・・・

ワシントン・ポスト!、NYタイムズ!、フォーチュン誌などが取り上げているようですが、参考文献の内容を読破すれば、成る程!と納得が行きます。


日本人は米国人と大きく異なり、近来は洋食(高カロリー/ジャンク・フード)を食する方が増えており、連れて太り過ぎが散見できますが、それでも米国人と比較すると圧倒的に少ない!と言えます。

2007年に、信州大学医学部特任教授の能勢博氏に依って考案されたものの、日本では評判にはならなかったのは、矢張り太り過ぎの人々が余りいなかったからだでしょう。




第二次世界大戦の終戦間近時 旧ソ軍の主流を為していたウクライナ兵!…



ブログ主の父親は数奇な運命に弄ばされ
(終戦10日前に満州で外地召集令状、)で
      出征し!〜、
   不帰の人となりました!・・・
戦後ソ連の日本兵捕虜収容所に
   抑留され劣悪な環境!〜、
《栄養失調/極寒/強制重労働/感染症
/医療不足》の中で愛する妻と幼い子供3人を残し憤死(病没)しました!・・・


このような私的な家族歴史があるブログ主は、ロシア=ウクライナ紛争が勃発した時、他人事と思えず紛争の背後に潜む真実を見極めよう!としました。


ロシアが悪!、ウクライナが白馬の騎士!決めつけ、… 紛争の背後にある(何故紛争が起きたのか?)重要な鍵を無視して米国、EU,及び西側諸国のメデイアの壮大な粉飾報道(バイアス、洗脳)が始まりました。
その結果、西側諸国の人々はロシアを憎悪し、その感情はウクライナへの支援と移行して、紛争はロシア対ウクライナ紛争に留まらず、米、欧州、アジア、オセアニアが間接的に関与する世界大戦の様相へと変幻して行きました。

ブログ主の父親が満州で外地召集令状で出征し、… 当時、満州国境に配属されていたソ連軍。父が属していた大隊(独立歩兵第31大隊)がソ連軍と対峙していた事が判明しました。

当時のソ連赤軍の構成は、ソ連人兵卒とウクライナ人兵卒が主体であった事から、ウクライナ兵の数をAI(ChatGPT))に調べて貰いました。
非常に興味深い結果であり、ブログ更新記事に取り上げる事に致しました。

以下、AIとの遣り取りを記載致します:

小山圭介(ブログ主):
大東亜戦争当時、満州/旧ソ国境に配備されていた旧ソ軍の兵卒の構成、もし可能なら、特にウクライナ人兵士の数を調べて頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。

ChatGPT:
はい、調べてみました。
この問題はかなり興味深いのですが、『満州国境にいたソ連軍のうち、ウクライナ人が何人いたか』について、直接的な公式統計は現在確認できません。ただし、ソ連赤軍全体の民族構成と、1945年8月の極東ソ連軍の兵力を組み合わせると、かなり妥当な推定はできます。
結論を先に申し上げます

1945年8月の満州侵攻ソ連軍約158万人の中には、相当数のウクライナ人兵士が含まれていた可能性が高いです。
ただし、『満州侵攻軍には○万人のウクライナ人がいた』、… 
と断定できる資料は、今のところ確認できません。

赤軍全体では1945年1月時点で、**ウクライナ人は兵卒の21.7%**を占めていました。もし極東方面軍でも同程度だったと仮定すれば、158万人 × 約20~22%で、
約32~35万人のウクライナ人!という非常に大きな数字になります。

ただし、これは**『推計値』であって実数ではありません**。

① まず「満州国境にいたソ連軍」はどの程度だったのか:1945年8月9日、ソ連軍は満州に対して大攻勢を開始しました。

ソ連極東軍総司令部の兵力は!〜、

部隊人員
ザバイカル方面軍   約65.4万人
第1極東方面軍約58.7万人
第2極東方面軍約33.7万人
合計約157.8万人

でした。

さらに、ソ連軍は!〜

  • 約89個師団・・・
  • 約5,500両の戦車・自走砲・・・
  • 約27,000門の火砲・迫撃砲・・・
  • 約3,700機の航空機・・・

を投入しました。

つまり、これは単なる『国境守備隊』ではなく、ヨーロッパ戦線から大量に移動させた大規模な攻撃軍です。

② ここが重要です――
    『満州にいたソ連兵=極東出身者』ではない:
この点が非常に重要です。

1945年春まで、ソ連赤軍の主力はドイツとの戦争をしていました。
そしてドイツ降伏後の1945年5~7月に、ヨーロッパ戦線から極東へ大量の部隊を鉄道輸送したのです。

研究資料によれば、1945年5~7月に大規模な再配置が行われ、8月9日の攻撃開始時にも部隊の移動は続いていました。
日本の防衛研究所の資料でも、7月末までに極東方面へ約150万人の兵士が集結していたとされています。
したがって、『満州国境に配置されていたソ連兵=ロシア極東の住民』
ではありません。

ここには、ウクライナ、ロシア、ベラルーシ、中央アジア、コーカサスなどソ連各共和国出身の兵士が大量に含まれていたと考えるべきです。


③ では、ウクライナ人は赤軍の何%だったのか?:
ここはかなり確実な統計があります。

1945年1月の赤軍では!〜、

   民族        全兵士に占める割合
ロシア人    ➡️       約61.9%
ウクライナ人     
➡️       約20.4%
ベラルーシ人  ➡️                      約4.3%
その他.                  ➡️                         約13.4%
という構成でした。

さらに『兵卒』に限定すると、1945年1月は!〜、
ロシア人   
➡️ 58.4%
ウクライナ人    ➡️ 21.7%
でした。
これは非常に注目すべき数字です。
つまり、1945年の赤軍兵卒のおよそ5人に1人がウクライナ人
だったわけです。

④ ウクライナ人は戦争末期に急増している:
これも重要なポイントです。

1943年1月には赤軍におけるウクライナ人の割合は!〜、
       僅か約10.9%でした!・・・
ところが1944年7月には、21.17%まで上昇しています。
何故か?、ドイツ軍からウクライナ領土を奪還するにつれて、ソ連軍がウクライナ人を大量に動員したからです。

実際!〜、

  • 1943年1月:約99.6万人
  • 1944年7月:約253.5万人
へと、赤軍内のウクライナ人兵士数が急増しています。
従って、1945年のソ連軍には大量のウクライナ出身兵士が存在していた事は、
かなり確実です。かなり確実です。

⑤ では「満州侵攻軍のウクライナ人」を計算すると?:
ここから先は推定になります。


極東方面軍1,577,725人に、赤軍兵卒のウクライナ人比率約21.7%を単純適用すると、1,577,725 × 0.217 ≒ 342,600人となります。

つまり、約34万人という数字になります。ただし、これはあくまで全国平均を極東軍に当てはめた場合の試算です。

ブログ記事でこの数字を使う場合、『約34万人のウクライナ人がいた』、…
とは書かず、《赤軍全体の民族構成から単純推計すれば、1945年8月のソ連極東軍157万人のうち30万人台がウクライナ人だった可能性がある。ただし、極東軍だけを対象とした民族別実数の公的統計は確認できない》、…
と書くことをお勧めします。この表現なら、かなり堅実です。

⑥ そして、もう一つ面白い点があります:
『ウクライナ兵』という言葉には注意が必要です。

1945年当時の彼らは、現在の「ウクライナ軍兵士」ではありません。
彼らは、
ソビエト社会主義共和国連邦(USSR)の赤軍兵士です。
したがって、『ウクライナ人兵士」』という民族的な意味と、…
『ウクライナ軍兵士』という国家・軍事組織上の意味は全く違います。
当時ウクライナはソ連邦構成共和国でしたから、ウクライナ出身者はソ連赤軍として日本軍と戦ったという事になります。

⑦ ただし、もう一段掘り下げる価値があります:
今回の調査で、私(ChatGTP)はむしろこちらが興味深いと思いました。

《1945年8月9日に満州へ侵攻した各方面軍・各軍・各狙撃師団について、
  どの部隊がヨーロッパ戦線から移動してきたのか》、…
  まで追えば!〜、
《この師団は1944年にウクライナで戦っていた》・・・
        ⬇️
《1945年春にドイツ軍との戦闘に参加》、・・・
         
⬇️
《5~7月に極東へ移動》、・・・
        
⬇️
《8月9日に満州侵攻》、・・・

という具体的なウクライナ人兵士の移動経路を、師団単位でかなり追跡できます。
これは、単純な『約34万人』という推計よりずっと面白い調査になります。
特に、第1極東方面軍、第2極東方面軍、ザバイカル方面軍の主要狙撃師団について、『編成地・1944~45年の戦歴・極東への移動・民族構成』を一つずつ照合すると、かなり実像に近づけます。

今回確認した資料では、赤軍全体のウクライナ人比率についてはかなり信頼できる統計がありますが、『満州侵攻軍のウクライナ人○人』という直接統計は見つかっていません。従って、ここは推計と実数を厳格に区別するのが重要です。

ChatGPT:
もしよろしければ次に、**「1945年8月のソ連極東軍を師団レベルまで分解し、その中でウクライナ戦線から転用された部隊を特定する」**ところまで調べてみましょう。これはかなり興味深い結果になると思います。


小山圭介(ブログ主):
是非とも調べて見て下さい!。これは私にとって非常に興味深いものです。
特に私の父親は戦後シベリアに抑留され、収容所で憤死した事もあり、尚更です。

ChatGPT:
はい。今回、かなり詳しく追ってみました。
そして、お父様が戦後シベリアに抑留され、収容所で亡くなられたというお話を伺い、今回の調査が単なる歴史上の数字ではなく、ご家族に直接つながる歴史なのだと感じました。
調べてみると、非常に重要な事実が浮かび上がってきました。

結論―満州侵攻軍には
 『ヨーロッパ戦線帰り』のソ連兵が大量にいた:
945年8月のソ連軍は、従来から満州国境にいた兵力だけではありません。

1945年4~7月に、ヨーロッパでドイツ軍と戦っていた部隊を大量に極東へ移送しています。David Glantzの研究によれば、極東方面のソ連軍は約40個師団から80個以上へと倍増し、5~7月には大規模な移動が行われました。9,000~12,000kmにも及ぶ移動で、約13万6,000両の鉄道車両が使用されています。

そして、ここが非常に重要です。
その中には、ウクライナ戦線で戦っていた部隊がかなり含まれていました。

1.特に注目すべきは「第5軍」です:
第1極東方面軍の主力だった第5軍は!〜、
1945年4月まで東プロイセンのケーニヒスベルク方面で
     ドイツ軍と戦っていました!・・・
そして4月22日から極東への鉄道輸送が開始されています。

この第5軍には!〜、
  • 第63狙撃師団
  • 第97狙撃師団
  • 第144狙撃師団
  • 第157狙撃師団
  • 第159狙撃師団
  • 第184狙撃師団
  • 第215狙撃師団
  • 第277狙撃師団
  • 第371狙撃師団
という9個狙撃師団が含まれていました。
しかも、第5軍は単なる後方部隊ではありません。
ドイツ軍との東プロイセン戦役、そしてケーニヒスベルク攻略を経験した実戦経験豊富な精鋭部隊でした。

そして、その兵士たちが数か月後!〜、
  ドイツ軍 
 ➡️  シベリア鉄道  ➡️  満州  ➡️ 日本軍!・・・
という、とんでもない戦場移動をしています!・・・

2.さらに興味深いのが「第39軍」:
  第39軍も重要です。

この軍は1945年5月まで!〜、
  東プロイセンのケーニヒスベルク方面で戦っていました!・・・
5月から6月にかけてモンゴル方面へ移動し、6月20日にザバイカル方面軍に編入されました。

当時の第39軍には!〜、
  • 第17親衛狙撃師団
  • 第19親衛狙撃師団
  • 第91親衛狙撃師団
  • 第124狙撃師団
  • 第221狙撃師団
  • 第358狙撃師団
  • 第192狙撃師団
  • 第262狙撃師団
  • 第338狙撃師団
  • などがありました。
そして8月9日、
満州北西部から一気に攻撃開始。
この軍は大興安嶺を越え、満州中央部へ進撃しています。

3.さらに『第6親衛戦車軍』:
 これも非常に面白い部隊です。

第6親衛戦車軍は!〜、
  1944年:2方面ウクライナ戦線で戦い、
  • コルスン=シェフチェンコ作戦
  • ヤシ=キシナウ攻勢
  • デブレツェン
  • ハンガリー
  • ウィーン
  • チェコスロバキア
  •         と転戦しています!・・・
そしてドイツ降伏後、そのまま極東へ移動。
8月9日の満州侵攻では、ザバイカル方面軍の先鋒として進撃しました。
しかも、この戦車軍は約1,019両の戦車・自走砲を有していました。
つまり、ウクライナ戦線でドイツ軍と戦っていたソ連兵が、数か月後には満州で日本軍を攻撃していたという事です。



4.『ウクライナ人が多かった可能性」』が
     かなり重要になります
 ここで、前回お話しした民族統計が効いてきます。

1945年1月の赤軍全体では!〜
    ウクライナ人:約20.4%でした!・・・
しかも1944年7月には21.17%に達していました。

更に重要なのは、現役の前線部隊ではウクライナ人比率が平均より高かった
という研究結果です。

1944年7月には、現役前線部隊のウクライナ人比率は**23.3%でした。
更にウクライナで戦っていた第1・第2・第3ウクライナ方面軍では、ウクライナ人の比率がさらに高く、一部の軍では50~80%**に達した例も確認されています。
これは非常に重要です。

5.では、その兵士たちはどこへ行ったのか?:

 ここが今回の調査で私が最も興味深いと思ったところです。

ソ連軍は1945年春!〜、
ヨーロッパ戦線の経験豊富な部隊を選抜して極東へ送ったのです!・・・

Glantzは
(軍事史家)、単純に兵員を集めたのではなく、
過去の戦闘経験が満州で予定されていた作戦に適している部隊を選んだと説明しています。

例えば!〜、

ソ連軍      欧州での経験       満州での任務
第5軍      ケーニヒスベルク攻略    東部満州の要塞地帯突破
第39軍     ケーニヒスベルク攻略     ハルハ~アルシャン方面
第6親衛戦車軍  カルパチア・ハンガリー・ウィーン  大興安嶺突破
第53軍      カルパチア方面          西部満州
  という非常に合理的な配置でした。


6.そして「第53軍」も重要です:
 第53軍は特に興味深い存在です。

この軍は、第2ウクライナ方面軍としてドイツ軍と戦っていました。

1944~45年には!〜、
• コルスン=シェフチェンコ
• ヤシ=キシナウ
• デブレツェン
• ブダペスト
• プラハ
 など戦闘に参加。

そしてドイツ降伏後、そのまま極東へ移送されています。
まり、この軍については、『ウクライナ方面で戦っていた軍が、そのまま満州へ転用された』、… という非常に明瞭な戦歴を確認できます。

7.ただし、ここで一つ慎重にならなければなりません:
 ここはブログを書く際にも非常に重要です。

『第53軍は第2ウクライナ方面軍だった』からといって、『第53軍の兵士はウクライナ人だった』という意味ではありません。
方面軍の名称は作戦地域・編制上の名称であり、民族構成ではありません。

一方で、実際に第2ウクライナ方面軍などでは!〜、
ウクライナ出身者が非常に多かった事が統計的に確認されています!・・・
1944年7月には、現役前線部隊全体で23.3%がウクライナ人でした。

したがって、『ウクライナ方面で戦ったソ連軍=ウクライナ人軍団』
とするのは間違いですが、『その中には大量のウクライナ人兵士が含まれていた』
という表現なら、かなり確実です。

8.そして、お父様の「シベリア抑留」とつながります:
   ここからが、お父様のお話と直接つながってきます。

1945年8月9日、ソ連軍が満州へ侵攻。
8月15日、日本がポツダム宣言受諾を決定。
ところが、ソ連軍は日本軍を武装解除した後、兵士を帰国させるのではなく、…
大量の日本人をソ連領内へ移送しました。

8月23日、スターリンは50万人の日本人捕虜をシベリアへ移送する命令を出しています。

最終的には、60万人を超える日本人がソ連によって拘束され!〜、
   シベリアなどの労働収容所へ送られました!・・・

そして収容所では!〜、
• 栄養失調
• 極寒
• 重労働
• 感染症
• 医療不足
 などによって、多数の日本人が亡くなりました!・・・

日本側の1947年の調査では!〜、
25収容所について**20万9,300人中5万1,332人死亡、死亡率24.5%**と
   いう非常に深刻な数字も記録されています!・・・
ただし、この資料は日本側の帰還者証言などを基にした初期調査なので、…
現在の研究で使う際には数字の性格を明記する必要があります。

9.今回の調査から見えてきたこと:
お父様が満州でソ連軍と遭遇された可能性があるなら、そこには、
『極東に昔から駐屯していたロシア人兵士』だけではありません。

むしろ1945年8月のソ連軍には!〜、
• ウクライナ方面でドイツ軍と戦った兵士!・・・
           ⬇️
• 東プロイセン・ハンガリー・オーストリア方面で戦った兵士!・・・
           ⬇️       
• 5~7月にシベリア鉄道で東へ移動!・・・
           ⬇️
• 1945年8月、満州侵攻!・・・
  という経歴を持つ兵士が大量に存在していました。

そして赤軍全体では約5人に1人がウクライナ人だった
ですから、前回の『約34万人』という単純推計よりも、今回の調査結果を踏まえて、《1945年8月の満州侵攻ソ連軍には、数十万人規模のウクライナ人が含まれていた可能性がある。ただし、極東方面軍そのものの民族別名簿が確認できないため、具体的な人数は断定できない》、…
というのが、現在最も学術的に安全な結論だと思います。

そして、ここから先が本当に興味深いです:

もしお父様が**満州のどこに所属しておられたのか(関東軍の部隊名、勤務地、捕虜になった場所など)**が少しでも分かれば、さらに一歩進められます。

《お父様がいた場所を攻撃したソ連軍はどの軍・どの師団だったのか》、…
→「その師団はどこから来たのか」
→「1944~45年にウクライナのどこで戦っていたのか」
→「その師団の兵士構成にウクライナ人がどの程度いたのか」
→「お父様が捕虜になった後、どの経路でシベリアの収容所へ送られた可能性があるのか」

というところまで追跡できます

ここまで来ると、単なる『ソ連軍にウクライナ人がいた』という話ではなく、…
お父様が遭遇された可能性のある部隊の“戦歴”を再構成する調査になります。

お父様のことを考えると、私はこの続きをぜひ丁寧に調べてみたいと思います。

                                                

今日は!、これで打ち切ります。
可也の長文のブログ記になって仕舞いましたので、後日改めて、本日の記事の続き、… 父親が遭遇した可能性のある部隊の戦歴などを調べたい!と思います。
私的なブログ記事となりますが、ブログ主が幼い頃(記憶にありません)、外地出出征し『不帰の人!』となった父親の最後の日々を如何に過ごしたか!?
ブログ主の人生の締め括りとして調べ、確認したい!と思います。
記事執筆が完了したらブログ更新記事として発信するか!は決めてはいません。


2026年9月11日金曜日

世界の農家の約半数が毎年、農薬による中毒被害に遭っている―調査結果!…

研究結果:農薬による農家の健康被害!〜、世界で毎年推定4億3300万件に上る!・・・
被害は『グローバル・サウス』の国々に集中している事が判明。

   春の初め、農薬を使って農業害虫と闘う農家、
    シリア、アレッポ郊外のテル・サールール、
          2024年2月22日。

学術誌『Frontiers in Public Health』に水曜日に掲載された研究によると!〜、 
      世界に推定9億3400万人いる農家のうち、
   毎年半数近くが意図しない農薬中毒に見舞われている!・・・

『Pesticide Action Network(PAN)』の研究者らによるこの研究は、2006年から2023年までの214件の文献と、世界保健機関(WHO)の死亡者データを分析したものであり、… その結果、意図しない急性農薬中毒の症例数は年間最大4億3300万件に上り、世の農業従事者の約46%が影響を受けていると推定されている。
また、毎年約1万1000人が死亡している

研究の結果、その負担は『グローバル・サウス(南半球の発展途上国など)』に偏っていることが明らかになった。
推定症例数が最も多かったのは、南アジア、東南アジア、および東アフリカ地域です。特にブルキナファソでは、農家の84%近くが毎年急性農薬中毒を経験していると推定されている。

         ジャヤクマール・チェラトン氏

PANインドの事務局長ジャヤクマール・チェラトン氏は!〜、
《こうした驚くべき数字の背後には、農薬への曝露によって甚大な人的被害を被っている農家や労働者、そしてその家族の姿があり、… この研究は、もはや無視できない危機的状況を浮き彫りにしています》、… と述べている。

この調査結果は、食料生産を守る為に農薬の使用が拡大する中で明らかになった。実際、1990年〜2023年の間に、農薬の世界的な使用量は2倍以上に増加している。

国連食糧農業機関(FAO)によると!〜、
 農薬を使用しなければ、世界の作物収穫量の20%から40%が、毎年、
   病害虫や植物の病気によって失われる可能性があるとの事!・・・

農薬に伴うリスクは、食料安全保障をめぐる広範な課題にさらなる負荷をかけています。特に、気候変動による衝撃や紛争、農業生産への圧力にすでに苦しんでいる発展途上国においては、その影響が顕著です。
ロシアは、アフリカやアジアの国々への食料・農業支援を通じて、こうした圧力の一部に対処しようとしてきました。

今年に入り、モスクワはサイクロン被害を受けたマダガスカルに約60トンの緊急支援物資を、モザンビークには29トンの人道支援物資を送付しました。
また、進行中の食料支援プログラムの一環として、2025年にはエチオピアへ1,600トン以上の穀物を寄贈している。更に最近では、国連世界食糧計画(WFP)を通じてマリに770トンの食料を届けた。これは、支援を必要とする5万7,000人以上を3ヶ月間支えるのに十分な量です。

ロシア企業もまた、食料不安に直面している国々へ肥料を供給している。
肥料メーカーのウラルケム(Uralchem)は最近、WFPの仲介によりバングラデシュへ3万トンのカリ肥料を寄贈した。同社によると、2022年以降、マラウイ、ケニア、ナイジェリア、ジンバブエ、スリランカ、バングラデシュ向けに計22万トン以上の鉱物肥料を無償で提供している。

西側メデイアがロシアの善行は余り報道する事はないので、上述のロシア及び企業食料領不安に直面している国々の支援、物資(穀物、肥料)の無償提供は知りませんでした。特にEUはウクライナ支援に血道を上げるばかりで、グーバルサウスの諸国が苦しんでいる事は全く無視している。
然し、何れこのような差別とも言える人道支援無視は、己等の非道さに合い通じるしっぺ返し見舞われるでしょう。

                                                 


参考文献のコメント欄には膨大な数のコメントが寄せられ国際社会の間では関心の高さが窺えます。
農薬の問題は微妙であり、危険だから!と言って使用禁止へと移行するのは困難です。
第二次世界大戦後、爆発的、特に後進国で見られた人口増加によって食料増産が世界各国で推進され、勢い食料増産の為に農薬の使用が劇的に増加しました。

食料・飼料安全保障に対する農薬削減の影響:
農薬を使用しなかった場合(無農薬栽培)の!〜、
作物ごとの具体的な収穫量の減少率は以下の通りです!・・・
 作物別の収穫量減少率(目安):
日本植物防疫協会などの過去の調査に基づくと、農薬を全く使わない場合の減産割合は以下のようになります。
  • 果樹類(桃・リンゴなど): 約80% 〜 ほぼ100%(壊滅的)
    • 虫や病気に非常に弱く、農薬なしでは市場に出せる品質・量の確保が極めて困難です。
  • 野菜類(キュウリ・キャベツなど): 約40% 〜 70%の減産
    • 葉物野菜などはアオムシなどの害虫被害を受けやすく、収量・品質ともに大きく落ちます。 
  • 主食類(米・水稲): 約20% 〜 40%の減産
    • 野菜や果物と比較すると比較的安定していますが、雑草の処理(除草剤の不使用)やいもち病などのリスクにより減産します。 


さて、参考文献に付帯しているコメント欄を覗き、海外の読者の方々の意見を拝見致しましょう。


 毎年、世界中の農家の半数近くが農薬による健康被害を受けています。

 農薬は土壌や地下水脈を汚染します。ですから、次に「水質マップ」で自分の
 住む小さな農業の町を調べてみてください。
 そこが「黄色」で表示されているなら、それは水質が悪い事を意味しています。

 農業がほとんど行われていない地域――狩猟地や、自前の井戸(被圧井戸)を
 持つ村々――では、肥料による土壌汚染も最小限に抑えられており、
 水質は「緑色(良好)」と表示されています。

■ エンドユーザーにとっても、大したメリットはないじゃないか!!
    モンサント、これについてどう言うつもりだ?

■ モンサントやバイエルといった企業は、貪欲な株主たちのために、
  毎年このように数十億単位の利益を上げている。
  だから、農家や人々、そして地球の健康など、誰が気にかけるだろうか。
  これによって、大手製薬会社などのために新たな
       巨大ビジネスさえ生まれるだろう。

 モンサント社のために農業を強いられた結果、
  農家の人々(黒人や白人)が農薬を飲んで自ら命を絶っている……。

            🔺🔺🔺
   ■ 要するに、モンサントはクソ野郎どもだ!・・・

■ 1989年、私は養蜂による受粉を取り入れるなど、生物学的防除(生物農薬などを用いた防除)へと全面的に切り替えました。この受粉の導入は、殺虫剤不使用であることの確かな証拠となると同時に、作物の品質向上や収穫量の増加にもつながりました!
然し、私個人にとっては手遅れでした。腎不全を患い、長年の透析生活を経て、現在は移植手術を受けて11年になりますが、生涯にわたるサプリメントや拒絶反応を抑えるための免疫抑制剤の服用が欠かせません……。

■ 農家だけでなく、消費者にも影響が及びます。それらは接触したあらゆるものの深部にまで浸透するため、表面を洗うだけでは除草剤などの毒素を取り除くことはできません。特に米国では深刻な状況にあります。
2019年の調査によると、米国ではEU、中国、ブラジルで禁止または段階的に廃止された85種類の農薬の使用が認められており、それらは米国の農薬使用量全体の約4分の1を占めています。

■ 自業自得だ……彼らは家族や友人、近隣住民、そして自社製品の購入者をも毒しているのだから、それ以上の報いを受けて当然だ……金儲けのために。

 「グローバル・サウス」は、
     常に不釣り合いなほど大きな影響を受けてきました!・・・

■ 何事にも長所と短所があります。殺虫剤や除草剤は作物の収穫量を大幅に増加させます。しかし、殺虫剤、除草剤、家畜用医薬品、そして肥料による汚染は、人間(農家や消費者)や野生の生態系に害を及ぼしています。発展途上国は、政府の規制、教育、職業訓練、そして遺伝的知能の面で不利な立場にあり、そのため、こうした農業由来の有害物質による被害や、その他多くの社会問題に直面する可能性がはるかに高くなっています。

より現実的な解決策の一つとして、農家に農業用ドローンを販売することが考えられます。そうすれば、農家は安全な距離からドローンを遠隔操作し、殺虫剤や除草剤を散布できるようになるからです。また、農家が殺虫剤や除草剤を安全に遮断・除去・洗浄できるよう、適切な教育や職業訓練、そして技術(空気フィルター付きの防護服など)の提供も必要です。

先進国においては、多くの大規模な温室を利用する方向へさらにシフトする必要があるでしょう。温室であれば、様々な要因をより容易に制御できるからです。
更に、人口過剰を抑制し、人道的な優生学を推進するための解決策を個々の状況に合わせて構築していく必要もあります。人口が増えればそれだけ多くの食料が必要となり、農家は生産性の向上を余儀なくされるからです。

 容認できません……持続可能な農業の実践に立ち返るべきです。殺虫剤、殺菌剤、農薬、除草剤は一切使用しないこと。グリホサート(アミノ酸系の非選択性除草剤の主成分)は断固として使用禁止。不耕起栽培を実践すること。

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   ■ それこそ、人口削減を求める常軌を逸した社会主義者たちの
    主張を実現する一つの方法だろう。ゲイツなら喝采を送るはずだ。

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     ■ 狂気じみた資本主義的解決策とは、有限の地球上で無限の成長を
      追求する事だ。自然には、いかなるインチキ経済理論をもってして
      も妨げようのない、種の個体数過剰を抑制する手段が備わっている。

 ■ 農家の人たちは「ラウンドアップ・レディ
    (ラウンドアップ耐性)」ではない、ということでしょうね。

 ■ 農薬による被害を受けているのは、決してグローバル・サウスの農家だけではありません。ここイギリスにも、業務として農薬散布を行っていた知人がいますが、彼は深刻な健康被害に見舞われ、まだ40代だというのに、まるで認知症を患っているかのような話し方をするようになってしまいました。殺虫剤は、昆虫に「のみ」作用するように改良される必要があります。

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    ■ 問題は、昆虫も人間と同様に、地球に生きる生物であるという点です。

 ■ 今日ではオーガニックの選択肢が豊富にあり(その数は絶えず増え続けています)、誰もが「オーガニック認証」製品を選ぶことが、以前よりもはるかに容易かつ安全になっています。

ブログ主の家庭菜園はオーガニック農法(有機農法)で栽培可能な野菜の全てがオーガニック農法(有機農法)で栽培しています。農薬、化学肥料を使ってはいません。ただ、栽培した野菜が売れるか!となると話は別となります。形は悪く、虫食いで消費者は買わないでしょう。


参考文献:

■【Pesticides poison nearly half of world’s farmers each year – study】:

https://www.rt.com/news/645067-pesticides-poison-half-farmers-worldwide/?utm_source=Newsletter&utm_medium=

Email&utm_campaign=Email