2015年1月6日火曜日

戦後に猖獗を極めた朝鮮進駐軍の名残り⟹ 京都リアルパッチギ・砂防ダム内集落

砂防ダム内に集落60年 不法占拠状態、京都府が移転要請へ
産経新聞 1月5日(月)7時55分配信

京都市北区の砂防ダムの内側に約60年にわたって不法占拠状態で居住している住民がいるとして、河川管理者の京都府が平成27年度に、移転要請を含めた本格的な対策に乗り出すことが4日、分かった。現場は国有地で約50人が居住しているが、災害の危険があるものの長年、居住していた実態から反発する住民もいるという。府は住民らの説得作業を進め、まずは自主移転を呼びかける方針だ。

 京都府砂防課によると、現場は、紙屋川にある砂防ダムの内側。昭和28年にダムが建設された直後から川べりに在日韓国人や在日朝鮮人らが住む集落がつくられていたという。

 府は集落を認知していたものの、居住を続けることを事実上、黙認していた。しかし、昨年8月に広島市で土砂災害が発生し、防災に注目が集まる中、この地域が大雨で繰り返し浸水していることなどから方針を転換。移転を求めることを決めた。

 府の事前調査で集落には約30世帯の約50人が居住。民家などが約50棟あり、空き家も10棟以上が確認された。府は移転を打診したが、住民側の一部は「50年近く暮らしている」「なぜ今さらそうなるのか」と反発しているという。

 府は新年度予算に空き家の撤去費用を計上。まずは空き家となっている建物の撤去を行い、不法占拠状態の解決に向けて着手していくとしている。担当者は「すぐに解決できる問題ではないかもしれないが、話し合いの中で解決策を見いだしたい」としている。

                                        

筆者考:

戦後に猖獗を極めた朝鮮進駐軍の名残り ⟹ 京都リアルパッチギ・砂防ダム内集落!・・・。
現場は、紙屋川にある砂防ダムの内側。昭和28年にダムが建設された直後から川べりに在日韓国人や在日朝鮮人らが住む集落がつくられていた!・・・。

正に朝鮮占領軍の威力が彷彿されると同時に、大和魂をGHQに依って破壊され、加えて能力ある人材が追放された結果は、事勿れ主義の公務員が幅を利かし、60年間もの長期に渡る朝鮮人の不法占拠!・・・よくもまぁ!〜、60年間も放置していたものです。呆れると同時に京都市の地方公務員の劣質さは目を覆うばかりです。

もし、心ある士が朝鮮人出て行け!と言ったら!、・・・ヘイトクライムで在特会の様に莫大な罰金が気狂い裁判官に依って課せられるのか?。
 京都市は半島系の住民や同盟の天国であり今まで、天文学的な額の血税が吸血鬼、寄生虫(利権あさり)どもに吸い取られたか!を、考えるだけで、怒りで頭がクラクラしてくる。

砂防ダム内の不法占拠は第二の宇土口(ウトロ)となり、京都市は巨額な立退き料を支払わされる羽目になるのか?・・・


京都市北区衣笠開キ町にある謎の砂防ダム内集落の実情







砂防ダムを取り囲むように並ぶ住宅地の裏側へ回ると、コンクリート壁を隔てて3メートル近くの落差があり外からではこの集落の様子を見る事は出来ないだろう。逆にこの場所で猛犬やヤ◯ザに追いかけられても避難出来るはずもない訳だ。
しかし何故こんな場所に家を建てる事になったのだろうか、疑問は解けない








人がすれ違うのもやっとという路地は集落の中を行き来する住民の貴重な生活道路なのである。傍らの民家は雨よけのトタン屋根が通路側にも通され砂防ダムの内外を隔てる垂直のコンクリート壁に立て掛けられているが、半ば朽ちてしまっていた。









コンクリート壁と民家の間を通ってさらに集落の中へ。途中で通路は右に折れている。正面はさらに別の民家の玄関がある。こちらはまだ住民がいるらしく家財道具などが置かれているのが見える。







生活道路となっている集落の周回道路はさらに時計回りに続いている。勝手に建て増しされたバルコニーの下を潜って抜けていく事になる。洗濯機や物干し場は全てこの通路に面していて非常に生活空間が密着している。









実際に下まで降りてみると殊の外土地が広い事に気が付く。砂防ダムのコンクリート壁に背を向けて一斉に並ぶ周囲の民家群も、ここからだとよく見える。







パッと見何の変哲もない田舎の民家の軒先のように見間違えるが、あくまでここは砂防ダムの中なのである。もしゲリラ豪雨なんぞ起きて鉄砲水でも流れてくればこの中は水浸しになったりするはずだが…今までに被害はなかったのだろうか。








だがさすがに砂防ダムの底にベッタリ民家の床がくっついているような事もなく、手作りのバルコニーもきちんと高床式になっていたりする。




砂防ダム底の家庭菜園から川を挟んで向かい側を見ると、そちらにもバラック小屋が並んでいて非常に香ばしい風景だ。さらに背後にある一般の民家がかなり高い場所に建てられているが、本来の砂防ダムの役割を考えると、ここから下に家を建てるのは危険なはず。
廃墟化したバラックの古さなどを見てもこの土地も戦後のドサクサで勝手に家を建てて住み着いたのがそのままになったと思われるが、この砂防ダムの建設の経緯を含めて地域の歴史を示す資料にさっぱり行き当たらないので困る。詳しい方からのタレコミ待ってます。

出典 : 京都リアルパッチギ『衣笠』(3)砂防ダム内集落
http://osakadeep.info/kyoto-kinugasa-3/


砂防ダム内の不法占拠は第二の宇土口(ウトロ)となり、京都市は巨額な立退き料を支払わせる羽目になるのか?・・・
宇土口(うどぐち)は正式名であり、戦後本国に帰らず住み着いた朝鮮人が口をカタカナのロト勘違いしていつの間にか古来の名称さえ奪われて仕舞った。

京都市・衣笠開キ町は立退き交渉中に名称をパッチギ(朝鮮語で頭突きの意味)にかえてしまう可能性が有ります。

◼︎【大雨 : 京都で1時間90ミリ 床上浸水や土砂崩れ多数】:





    一2012年7月中旬の大雨で実際に紙屋川が氾濫してあの京都市北区・衣笠
           開キ町にある砂防ダム内集落を襲った


➤ ❮京都府は集落を認知していたにも拘らず何らの対応策を、公務員の政官に共通する事勿れ主義に身を委ね、居住を続けることを事実上、黙認していた。しかし、昨年(2014年)8月に広島市で土砂災害が発生し、防災に注目が集まる中、この地域が大雨で繰り返し浸水していることなどから方針を転換。移転を求めることを決めた❯・・・

広島市での豪雨の被害が甚大であり、もし同様な災害が『衣笠・開キ町・砂防ダム内集落』に起きたら責任問題になり、今まで放置していた責任が問われる事を恐れて漸く重い腰を上げて対応策を講じる気になったのでしょう。


➤ ❮府の事前調査で集落には約30世帯の約50人が居住。民家などが約50棟あり、空き家も10棟以上が確認された。府は移転を打診したが、住民側の一部は!、・・・
 50年近く暮らしている!、なぜ今さらそうなるのか!? ❞と反発しているという❯・・・

朝鮮半島人の思考です、己等が勝手に公共の土地を無断借用(不法占拠)して60年間のうのう!と地代も払わず住んでいた罪の意識などはさらさらなく、なぜいまさらそうなるのか?反発している。己等は犯罪人であることを全く意識はせず、逆切れする。
 度し難き半島系人種である。

『府は移転を打診したが』・・・腫れ物にでも触るが如くで、おずおずと打診する、呆れて言葉もない。 打診ではなくて排除(退去勧告)すべきです。
 犯罪者には何らの権利もなく、然も住民に中には日本人では無い者達が紛れ込んでいる可能性が非常に高い!と推測される。
府が毅然として法を全面に押し出して立退き料は一切出さずの姿勢を示さなければ、・・・カネの臭いに敏感(強請る)な朝鮮半島人は府が立退き交渉で賠償金を支払う気がある、と誤解されて、いつの間にかに空き家に人が移り住み、其々の家にも居候が入り込み人口が膨れ上がる、それだけ血税が毟り取られる羽目になる。

さて!〜、京都府のお手並み拝見といきましょう!・・・


0 件のコメント: