『年越しうどん!』ではなく
『年越し蕎麦!』が習慣となっているのか!?・・・
『年越しうどん』『年越しラーメン』
『年越しパスタ』などはないのか?、・・・
実は、大晦日『年越しうどん』の地域も存在する。
しかも、誰もが想像する
『うどん県』だけではなく!〜、
他にもある。さて、どこだろうか!?・・・
という人も多いだろう。
この風習は江戸時代から定着したとされ、細く長い蕎麦には健康・長寿への願いが込められているという。
かつ麺の切れやすさから『厄災・苦労』を断ち切るという説も。
かつ麺の切れやすさから『厄災・苦労』を断ち切るという説も。
年越し蕎麦は、翌年の幸せを願う、一種の縁起担ぎでもある。
なら、何故に『蕎麦』限定で、『うどん』ではないのだろうか?
うどんが支那から伝来したのは平安時代初期とされる。
うどんが支那から伝来したのは平安時代初期とされる。
『年越し蕎麦ば』が習慣となっているのか!。
『年越しうどん』『年越しラーメン』『年越しパスタ』などはないのだろうか?
実は、大晦日に『年越しうどん』という地域も存在する。
実は、大晦日に『年越しうどん』という地域も存在する。
しかも、誰もが想像する『うどん県』だけではなく、他にもある。
さて、どこだろうか?
江戸の町の商人の習慣が
『年越し蕎麦』に変化した説:
振り返れば江戸の町の庶民には蕎麦が人気で、文政年間(1818~30年)には3000軒以上の蕎麦屋が立ち並んでいたと言われる。 そして、月の末日に蕎麦を食べる『晦日(みそか)蕎麦』、又は『三十日蕎麦」という習慣が、江戸時代中期に商家の間で広まった。
当時の商家は『ツケ払い・月末締め』が基本であり、月末は集金や棚卸しで大忙し。主人が全員分の出前を頼んでもすぐ届き(ゆで時間が短い)、うどんと違って伸びにくく、かつスルッと食べられる蕎麦はうってつけだったのだろう。
当時の商家は『ツケ払い・月末締め』が基本であり、月末は集金や棚卸しで大忙し。主人が全員分の出前を頼んでもすぐ届き(ゆで時間が短い)、うどんと違って伸びにくく、かつスルッと食べられる蕎麦はうってつけだったのだろう。
『パッと食べて、締め日を乗り切ろう!』との気構い!、の精神からきたのでしょう。
然し、時代がたつにつれて、晦日蕎麦は衰退。
然し、時代がたつにつれて、晦日蕎麦は衰退。
特に大きな節目である大晦日だけが年越しそばとして残り、縁起担ぎの意味合いも込めて一般的に広まったとされている。
ただし、九州・博多で鎌倉時代に食べられていた『世直し蕎麦』(細長い形状ではなく餅状に加工されていたもの)など、大晦日に縁起を担いで蕎麦を食べる風習は他にもあった。
ただし、九州・博多で鎌倉時代に食べられていた『世直し蕎麦』(細長い形状ではなく餅状に加工されていたもの)など、大晦日に縁起を担いで蕎麦を食べる風習は他にもあった。
要するに『諸説あり』、… なお、江戸時代初期には、町の普請(整備)の為に上方から移り住んだ人々の影響か、うどん店の方が多かったという説も流布されている。
写真は東京・日本橋にある立ち食いの名店『そばよし本店』
蕎麦は江戸時代のデトックス料理?
『脚気に有効』という説も:
また、蕎麦は当時から健康に良いイメージがあったようで、元禄年間に記された『本朝食鑑』(医者執筆の食材の百科事典)では、〚蕎麦は気を降ろし腸を寛し 能く腸胃の滓穢積滞(しぎせきたい)を練る〛、・・・と記されている。
身体から余計なものを流す、解毒のような概念だろうか。
そこに、江戸の町を原因不明の病『脚気(かっけ)』(「江戸わずらい」とも)が襲った。そのとき、『蕎麦がかっけに有効』という噂が流れ、一気に蕎麦店が急増し、年越し蕎麦としても選ばれるようになった、という説もある。なお、かっけに有効とされるビタミンB1は蕎麦の実に多く含まれており、噂はあながち迷信でもなく、科学的な根拠があったのである。
そこに、江戸の町を原因不明の病『脚気(かっけ)』(「江戸わずらい」とも)が襲った。そのとき、『蕎麦がかっけに有効』という噂が流れ、一気に蕎麦店が急増し、年越し蕎麦としても選ばれるようになった、という説もある。なお、かっけに有効とされるビタミンB1は蕎麦の実に多く含まれており、噂はあながち迷信でもなく、科学的な根拠があったのである。
尤も、これらの理由がなくても、江戸の町には蕎麦が向いていたのかも知れない。武蔵野台地は、火山性の土(黒ボク土)で覆われており、痩せた土でも育つそばの実以外の選択肢があまりなかったのだ。東京・多摩の名物として知られる『深大寺蕎麦』も、土地が稲作に向かず、農家が代わりに蕎麦を栽培して深大寺に寄進したことが由来だという。
一方の、うどん陣営はどうだろうか。年越しに
『蕎麦ではなく、うどん!』という地域は…やはり、あの県だ。
やはり『年越しうどん』で1年を締める家庭が多い!・・・
香川では、一般的なうどん店以外にも、うどん玉などを販売する製麺所や、製麺所の横に簡素なスペースを設けた製麺所併設型うどん店が非常に多い。業界団体『本場さぬきうどん協同組合』によると、
大晦日は製麺所の売り上げが2~3倍になるそうだ。
なお、人気ドラマ『孤独のグルメ』に登場した名店『松下製麺所』(高松市)では、大晦日だけで5000玉を製造し、夕方には売り切れてしまうという。親戚が一堂に集まるような家では、うどん玉を10玉単位、ダシを大鍋単位で購入する。
なお、人気ドラマ『孤独のグルメ』に登場した名店『松下製麺所』(高松市)では、大晦日だけで5000玉を製造し、夕方には売り切れてしまうという。親戚が一堂に集まるような家では、うどん玉を10玉単位、ダシを大鍋単位で購入する。
家で温め直して食べるのが、香川県の大晦日の習慣。
他にも群馬県、大阪府、秋田県でも!〜、
『年越しうどん』を食べる家庭がある!・・・
群馬県は小麦の収穫量が全国7位(農林水産省令和3年産麦類の収穫量)であり、『水沢うどん』や『ひもかわうどん』『おっきりこみ』などのご当地うどんが名物だ。
因みに、小麦粉を使った料理になじみ深いせいか、『高崎パスタ』というグルメジャンルを築いており、『はらっぱ』『シャンゴ』などの人気チェーンもある。
ただし、『年越しパスタ』という人は、殆どいない。
『煮ぼうとう』とも言う
高崎市の名物『はらっぱ』のパスタ
大阪府は、周辺地域が小麦栽培に適し、北前船で各地から入荷される昆布とのなじみも深く、江戸時代からうどん店の方が多い土地柄だ。古典落語でも、内容がほぼ同様の演目が、上方で『時うどん』、
大阪府は、周辺地域が小麦栽培に適し、北前船で各地から入荷される昆布とのなじみも深く、江戸時代からうどん店の方が多い土地柄だ。古典落語でも、内容がほぼ同様の演目が、上方で『時うどん』、
江戸で『時蕎麦』と呼ばれていることからも、うどんの方が市民権を得ていることが分かる。
ただ、これらの地域に共通しているのは『普段からうどんを食べているから、忙しい大晦日もうどん』という流れだ。
ただ、これらの地域に共通しているのは『普段からうどんを食べているから、忙しい大晦日もうどん』という流れだ。
『やっぱり大晦日は年越しそば』『普段はうどんでも、大晦日かだけは蕎麦』という人の方が、香川県以外は多いようです。
右端にいるのはご当地キャラ『うどん脳』
丸亀製麺も推している
丸亀製麺も推している
『年明けうどん』とは?
やはり、大みそかは全国的に「年越しそば」であることに、間違いはない。とはいえ、新たなビッグウェーブが押し寄せている。
『年明けうどん』だ。
麺の業界団体である『全国製麺協同組合連合会(全麺連)』が、これまで『11月11日は麺の日』『節分蕎麦』『彼岸蕎麦』『年の瀬ラーメン』など時節に応じたさまざまな拡販策を打ち出す中で、年明けうどんを大々的に打ち出し、その認知が徐々に上がっている。
麺の業界団体である『全国製麺協同組合連合会(全麺連)』が、これまで『11月11日は麺の日』『節分蕎麦』『彼岸蕎麦』『年の瀬ラーメン』など時節に応じたさまざまな拡販策を打ち出す中で、年明けうどんを大々的に打ち出し、その認知が徐々に上がっている。
年明けうどんとは、『純白で清楚なうどんに紅いトッピングを添え、年の初めに食べることで、その年の人々の幸せを願うもの』(年明けうどんHPから引用)。
2008年に香川県で提唱され、14年からは約20店のご当地うどん店が参加する『全国年明けうどん大会』が開催されている。第10回大会(23年12月開催)では2日間で3万人を集客し、フードイベントとして急成長中だ。
大会以外でも、香川県と岡山県を中心に132店舗が『年明けうどん』を提供しているし、人気うどんチェーンの丸亀製麺も、3年ぶりにオリジナルの『年明けうどん』を全国展開するそうだ。
『年越し蕎麦』と「年明けうどん」。
『年越し蕎麦』と「年明けうどん」。
歴史は大きく違うが、どちらも年末年始の縁起を担ぐ風物詩として、『細く長く』共存するか注目だ。
参考文献:
■【年越しはなぜ「そば」なの?香川だけじゃない
「年越しうどん」食べる意外な県も】:
https://diamond.jp/articles/-/336593
何故、蕎麦?・・・