「真珠湾」発言に釈然としない日本人、
世界からどう見えるか
ウクライナのゼレンスキー大統領による国会リモート演説が賞賛されている。
「アジアで初めてロシアに対する圧力をかけ始めたのは日本です。引き続き、その継続をお願いします」
「日本は、発展の歴史が著しい国です。調和を作り、その調和を維持する能力は素晴らしいです。また、環境を守り、文化を守るということは素晴らしいことです。ウクライナ人は日本の文化が大好きです」
ドイツなど欧州の国々では対ロシア政策を批判するような刺激的な発言もあったが、日本に対してはかなり抑制的で、シンプルに日本への敬意と感謝を述べたことが、「日本人の気質をよく理解している」「スピーチライターが優秀すぎる」などベタ褒めされているのだ。
しかし、その一方でネットやSNSでは、日本の連帯や支援を呼びかけるのならば、まずはあの「非礼」について一言詫びるのが筋ではないかという批判的な声も少なくない。ゼレンスキー大統領は3月16日におこなわれた米連邦議会のオンライン演説で、日本人としては受け入れ難いことを力一杯訴えたからだ。
「真珠湾攻撃を思い出してほしい。1941年12月7日、あのおぞましい朝のことを」
「あなた方の国の空が攻撃してくる戦闘機で黒く染まった時のことを」
さらにその後に、9.11同時多発テロを例に出したことで、かつての日本を世界から孤立して暴走するロシアと重ねているだけではなく、イスラム原理主義者といっしょくたにしているとして一部から「日本をバカにしている」などの怒りの声が上がっているのだ。なかには「謝罪して撤回するまでウクライナは支持しません」という人まで現れている。
そこまで怒っているわけではないが、釈然としないものを感じている人もかなりいる。例えば、お笑い芸人の松本人志さんもテレビ番組でこう述べている。
「真珠湾攻撃を出してきたのは、僕としてはちょっと引っかかってて…。それは日本人としては受け入れがたいところがあって。奇襲攻撃だったことは間違いないけど、民間人を巻き込んだわけではないので、今回と同じ風に語られるのは僕としてはちょっと嫌だった」
これには同意をする人も多いかもしれない。
ただ、もしこのような発言や一部で沸き上がる「真珠湾発言」への強い反発などが、アメリカをはじめとした西側諸国で「日本の世論」として報じられたら、世界の人々はこう思うはずだ。
「日本人も戦争に負けたことでようやく民主主義の国になったかと思ってたけど、本質的には報道規制で国民が洗脳されてるロシアとそんなに変わらないな」
怒る方もいらっしゃるかもしれないが、残念ながら、これがロシアを「悪の枢軸」、プーチンを「残酷な独裁者」として糾弾している西側諸国の極めて平均的な国際感覚なのだ。
かつての日本は「テロ国家」という
アメリカの常識
それがよくわかるのが、2020年1月、イラン革命防衛隊を長年指揮してきたカセム・ソレイマニ司令官をアメリカが「イラク国内だけでも600人以上のアメリカ人を殺害したテロリスト」と断定して殺害した時に、アメリカ国務省高官がメディアに向けて述べた言葉だ。
「1942年にヤマモトを撃墜したようなものだ。まったくもう!我々がこうしたことをする理由をわざわざ説明しなくてはいけないのか」(yahooニュース個人 アメリカ国務省高官、殺害したイランのソレイマニ司令官を山本五十六元帥に例える 2020年1月5日)
ここででてくる「ヤマモト」とは山本五十六。言わずと知れた、真珠湾攻撃作戦を発案した帝国海軍連合艦隊司令長官である。つまり、アメリカ政府の中では、真珠湾攻撃を仕掛けた当時の日本は、今で言うところの「テロ国家」という認識でコンセンサスがとれているのだ。
これは今に始まったことではない。
アメリカの教育現場では、真珠湾攻撃は民間人68人が命を奪われた、卑劣な奇襲攻撃として教えられる。2007年には、ブッシュ大統領(当時)も国内で演説中、米軍のイラク駐留を継続させる理由を述べる際、アルカイダの同時多発テロ事件と真珠湾攻撃を重ねる発言をしている。
もちろん、我々が日本にいるアメリカ人に対して、「広島と長崎でどれだけの民間人を殺したかわかっているのか!慰霊碑に行って謝罪しろ!」なんてことを言わないように、アメリカ政府も同盟国の日本を前にして、「昔は卑劣なテロリストでしたね」なんて失礼なことは言わない。しかし、それはあくまで外交上の建前であって、国内でのぶっちゃけトークや、自国民のナショナリズムを鼓舞するような演説の場においては、「真珠湾攻撃=テロ」「中国大陸進出=侵略」というのは、アメリカ人の常識なのだ。
欧州でも「カミカゼ」に対する強烈な恐怖
海外から見える日本の姿
このような認識は欧州もそれほど変わらない。
2016年に、フランスやベルギーでイスラム原理主義者による自爆テロをメディアも政治家もごく自然に「カミカゼ」と呼んでいる。それ以前にもスペインでバスク地方の分離独立を目指すテロリストがそのように呼ばれていたケースもある。
日本のマスコミは、「『死を恐れない決行者』として拡大解釈された格好だ」(産経ニュース2016年8月3日)などと、日本語が欧州に間違った形で伝わってしまった「誤訳」だとかなりご都合主義的な解釈をしているが、それはさすがに無理がある。
太平洋戦争時、日本の神風特攻隊や万歳突撃は連合国側に、理解不能な自爆テロとして強烈な恐怖を植え付けて、その衝撃は西側諸国を中心とした戦後の国際社会でも広がった。筆者も若い頃、中東を貧乏旅行した時、行く先々で神風特攻について根掘り葉掘り尋ねられた記憶がある。
我々からすれば、非常に不本意な評価だが、西側諸国の価値観からすれば、日本は狂気を感じさせるような奇襲や自爆で、国際社会に立ち向かった「テロリスト国家」から、西側諸国の支えで心を入れ直し、“仲間に入れてもらった国”という位置付けなのだ。
そのような意味では、NATO(北大西洋条約機構)加盟を切望して西側諸国の仲間入りを果たしたいゼレンスキー大統領が、アメリカの議会で「真珠湾攻撃」をディスるのは当然である。あの表現は「私は西側諸国のみなさんと全く同じ価値観ですよ」ということを国際社会に示す“踏み絵”のようなものと思っていいかもしれない。
日本の愛国者とプーチン支持者の
思考回路は瓜二つ?
…という話を聞いていると、あまりに歪んだ歴史認識に怒りが爆発してしまう愛国者の方も多いかもしれない。
ネットなど、ちまたにあふれる「学校で教えてくれない歴史の真実」では、太平洋戦争というのは、アジアを白人支配から解放するための戦いであって、真珠湾攻撃も西側諸国が日本を悪者にするために仕組んだ陰謀というのが“定説”となっているからだ。
「その通り!西欧諸国は日本を孤立化させて先制攻撃させるように仕向けたのだ。実際、アメリカ側は攻撃を事前に知っていたんだ。太平洋戦争は実は自衛のための戦いであり、日本ははめられたのだ!」
そんな主張をされる方もネットやSNSでは珍しくない。ただ、実際にそれを職場や友人などにすると周囲の反応はかなり微妙な空気になってしまうのではないか。
しかし、世界は広い。このような愛国者の皆さんの歴史認識に対して「わかる、わかる」と大きくうなずいてくれる人たちもいる。意見交換すればするほど考え方が近いことがわかって意気投合すること請け合いである。
その人々とは、プーチンの軍事侵攻を支持しているロシア国民だ。
日本や西側諸国のメディアでは連日のように、ウクライナ侵攻に反対するロシア人ばかりが登場する。あたかもロシア国民の多くが、プーチンが怖くて従っているだけで、本音の部分では戦争に反対している人が大半のような錯覚を受けるが、実はロシア国内の最新世論調査ではプーチンの支持率は71%となっている。
これは報道規制でかなりかさ上げされているだろう。とはいえ、21日にロシアの32歳のチェスプレイヤーがSNSでプーチン支持の投稿を繰り返して国際チェス連盟から6カ月の資格停止処分を受けたように、心の底から「西側諸国とウクライナの脅威からロシアを守るためにプーチンは軍事侵攻に踏み切った」と信じて疑わない愛国者もかなりいるのだ。
「真珠湾攻撃はアメリカの陰謀で、太平洋戦争は自衛のための戦争だった」という日本の愛国者の主張と、双子のように瓜二つなのだ。
それぞれ信じる正義は異なる
日本人が注意すべきこと
なぜこうなってしまうのかというと、教育と報道によるものだ。そして何よりも大きいのは、「自国の利益や国民の命を守るための戦いは常に正しい」と信じる心、あるいは信じたいという願望など、ナショナリズムのバイアスである。
それがよくわかるのが、モスクワ在住国際政治アナリストの村上大空氏が以下の現地レポートである。
このようなメディア空間では、『悪いのは欧米諸国である』『すべては米国の責任』『ウクライナ国民は、洗脳されている』という情報だけがシャワーとして浴びせ続けられる。通常は陰謀論として扱われるような内容が、ロシアでは「真実」として広く共有されている」(現代ビジネス、3月21日)
上記にある文章内の「ロシア」という言葉を「日本」に、「ウクライナ」を「中国や韓国」に入れ替えていただきたい。ネットやSNSに溢れる日本の愛国者の皆さんの主張そのものではないか。
断っておくが、だからナショナリズムが悪いとか言いたいわけではない。国にはそれぞれ信じている正義が大きく異なっており、単純にあちらが悪い、こちらが洗脳されているというような問題ではないということを指摘したいだけである。そして、自国が信じている正義を、武力を用いて、他国にまで押し付けようとすることこそが、「戦争」というものの本質なのだ。
ゼレンスキー大統領の演説が賞賛されたことで、日本中でウクライナ支援の声が高まっている。戦争の犠牲になる人々の命を救うためにできる限りの国際協力をするのは当然だが、ウクライナの「正義」だけに肩入れをして、西側諸国と一緒になってロシアを「悪」と断罪するようなことは避けなくてはいけない。「西側諸国の正義」を制裁や武力でロシアに押し付けて屈服させようとしても、それは新たな憎悪と戦争を生み出すだけだ。
それはまさしく第一次世界大戦後にドイツでナチスが台頭した原因であるし、80年前の日本の軍国主義が先鋭化したきっかけでもある
プーチン大統領にもっと厳しい制裁をすべきだ。この戦いを終わらせるためには、ロシア国民を覚醒させて、プーチンを権力の座から引きずり落とすべきだ――。
今、多くの日本人が、まるで自分たちの戦争であるかのように「ロシアをどうすれば屈服させられるか」を盛んに論じている。かつて自分たちを「テロリスト国家」扱いした「西側諸国の正義」に肩入れをして、それをロシアに押し付けようとしている。
プーチンの主張を「正義」と感じるロシアの愛国者からすれば、日本は完全に「敵国」である。我々の祖父母が米英に感じていた憎悪と同じものではないか。
このような日本の立ち振る舞いが、平和につながる方法だとはとても思えない。それどころか、新たな国家間紛争の幕開けになっているように感じるのは、筆者だけだろうか。 (ノンフィクションライター 窪田順生)
長い文章のわりには大した事は!〜、
感動深い!、感銘深い!
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